← 前のページ
ページ 98 / 154
次のページ →
翻刻
感じが致します。
服部郷【ゴチック見出し】次の大野は八名郡で對岸にありますが、和名抄にある
服部郷をこの附近であると主張し、又令義解に載る三河赤引糸はこ
こから献つたものだといふ者もありますが、それは徳川時代に遠州
岡本村から神戸の調として絹を神宮へ納めるにつきまして、原料の
繭をこヽに求めて居た事實を捉へていふのでして、かういふ事實を
曲解し無理に歴史を作り上げやうとする態度はどうも感心しません【ママ・行末句点省略】
又夫程に思ふのなら、明治になつて神御衣祭の御料を北設樂郡稲
橋村から献じ、又渥美郡福江町から献じますのに、何故この町から
も献納の舉に出でなかつたものかと反問したい位です。
阿寺七瀧【ゴチック見出し】は大野町から山一つ越えた南の山吉田村阿寺にありま
して、七段に折れて居るので有名です。
此七ツの瀧の總高さは二百尺以上ありまして實に壯觀です。大野町
からは瀧の近く迄自動車が通じ、昭和九年名勝及天然紀念物として
指定されました。傳説では昔安倍清明が此瀧に來て修業したと又此
處の礫は子抱石といひまして、これを持ち歸つて祀ると子供が出來
るといふ信仰もあります。
次の槇原驛近くには琵琶淵といふ深淵があります。この淵の主は
頭許りの鰻で大さは四斗樽程もあるといひます。これは鰻をとつて
頭丈けを棄てたからだといはれ、此邊では鰻の頭は川へ棄てない習
慣だと聞きました。
次の川合驛は鳳來寺鐵道の終点で、三信鐵道がこヽを起点として
伊奈電鐵に通ずる筈になつて居り、今遠州佐久間迄開通して居り
ます。何れ全通は二三年後の事だらうと云はれてゐます。