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《割書:第二》祭礼
《割書:欽明天皇【朱書】》
志貴嶋(〽[朱]シキシマノ)宮の御宇天皇の御世天 ̄ノ下国挙て風吹
雨 零(フル)その時卜部 ̄ノ伊吉若日子に勅 ̄リしてうらな
はしめ給ふにすなはち卜して奏す賀茂御神の
祟也と《割書:云| 々》仍四月吉日を撰て馬に鈴をかけ人
猪 影(頭に)を蒙りて駈馳して以て祭祀をなして
祷祈せしめ給ふ是によりて五穀成熟し天下
豊年也乗馬こゝにはしまれりと《割書:云| 々》 又月(〽[朱] )令云祭
日 楓(カツラ)山の葵を捽【挿】頭す当日早朝に松尾社司
等をして捽【挿】頭の料にたてまつらしむ内蔵寮に
参候す祭使すてに来 ̄リ楓葵を庭中に置
詔戸(ノツト)申 ̄シ祭-使等各かさして出たつ祢宜祝等
禄物を賜(タビ)給ふ又馬を走す近衛二人と《割書:云| 々》文武(〽[朱] )
天皇二年三月辛巳山城国賀茂祭日会-衆騎-
射を禁す大宝二年四月庚子祭日徒-衆会-
集《振り仮名:執-杖|シツジヤウ》 騎-射する事を禁す唯当国 ̄ノ人不_レ在_二
禁 ̄ノ限 ̄ニ_一《割書:云| 々》元明(〽[朱] )天皇和銅四年四月乙未詔 ̄リして
祭日自今以後国司毎年 親(ミツカラ)臨 ̄ンテ撿-察 ̄セヨト焉《割書:云| 々》
山城の国司必出立事是より始て後年絶事なし
嵯峨(〽[朱] )天皇弘仁十年三月四甲午勅して山城国愛