賀茂社関係文書翻刻プロジェクト

コレクション: 賀茂社記録

賀茂社記録. 第1冊 - 翻刻

賀茂社記録. 第1冊 - ページ 15

ページ: 15

翻刻

岩邦【宕郡】賀茂御祖《割書:并》別雷二神の祭よろしく中祀 に准すへしと《割書:云| 々》凡祭祠に大祀中祀小祀の三の わかちあり大祀は神斎(〃 〃 )一月天子 御代(ミヨ)始 ̄メに一度の 大嘗会是也中祀は三日賀茂祭の御神斎是也 余社の祭は悉小祀なれは一日の御斎也 承和(〽[朱] )三年 四月乙酉紫宸殿に出御ありて賀茂祭使等の 鞍馬のかさり従(ジウ)-者の容儀(ヨウギ)を閲 ̄ツ覧まし〳〵て使 等に賜禄播磨守従四下橘朝臣永名をかりに 内蔵頭として祭使に供せしむと《割書:云| 々》 当社(〽[朱] )の 御祭は御代々の聖主殊に厳重の御崇敬にて 禁闕觸穢の年ならては止事なくて例年 勅使官幣発遣の義式天下の壮観不足 勝言也其故いかにとなれは天八重雲分て天 降給ひし天皇の御祖神なれは朝廷の御守り ふかく鎮護国家の神徳掲焉に御めくみの告なり し御ゆへ也と《割書:云| 々》此神国の祭と称するは賀茂葵 祭の義也諸社の祭と云には官人使として 発遣あるも奉行 ̄ノ職事上卿の仰をうけて検 校(〃 )して行 ̄フ事なるを当祭義は天子出御ありて 禁中へ祭使所司内侍以下女宮衛府の容儀