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岩邦【宕郡】賀茂御祖《割書:并》別雷二神の祭よろしく中祀
に准すへしと《割書:云| 々》凡祭祠に大祀中祀小祀の三の
わかちあり大祀は神斎(〃 〃 )一月天子 御代(ミヨ)始 ̄メに一度の
大嘗会是也中祀は三日賀茂祭の御神斎是也
余社の祭は悉小祀なれは一日の御斎也 承和(〽[朱] )三年
四月乙酉紫宸殿に出御ありて賀茂祭使等の
鞍馬のかさり従(ジウ)-者の容儀(ヨウギ)を閲 ̄ツ覧まし〳〵て使
等に賜禄播磨守従四下橘朝臣永名をかりに
内蔵頭として祭使に供せしむと《割書:云| 々》 当社(〽[朱] )の
御祭は御代々の聖主殊に厳重の御崇敬にて
禁闕觸穢の年ならては止事なくて例年
勅使官幣発遣の義式天下の壮観不足
勝言也其故いかにとなれは天八重雲分て天
降給ひし天皇の御祖神なれは朝廷の御守り
ふかく鎮護国家の神徳掲焉に御めくみの告なり
し御ゆへ也と《割書:云| 々》此神国の祭と称するは賀茂葵
祭の義也諸社の祭と云には官人使として
発遣あるも奉行 ̄ノ職事上卿の仰をうけて検
校(〃 )して行 ̄フ事なるを当祭義は天子出御ありて
禁中へ祭使所司内侍以下女宮衛府の容儀