賀茂社関係文書翻刻プロジェクト

コレクション: 賀茂社記録

賀茂社記録. 第1冊 - 翻刻

賀茂社記録. 第1冊 - ページ 22

ページ: 22

翻刻

 此祭(〽[朱] )に琴なと持つらなりしをその事なく  なりぬとなけきて三位氏久の神主のよめる  哥則新千載集に入られける其詞書に 当社の臨時祭に山城の国のみこともちなともなく て社の和琴をかり渡され侍けれは見し世にも あらすすたれ行さまを思ひつゝけてよみ侍りける  引かへて成行世こそかなしけれ昔のことのしらへならねは 卯月(〽[朱] )の葵祭も寿永のさはきより此比ほひ世の 乱にて神事料も落行つれは祭も絶々なりしを 鎌倉の大樹の御時公家に仰合せられて神領なとも かへし寄られ神事も再興ありしとなん或記(〽[朱] )云 嘉禎四年四月十六日辛酉賀茂祭を将軍家 御見物ありけり勅使の出立出車騎馬の餝り まて例年に超て花美なり大樹の御家人《振り仮名:廷-尉|テイイ》 能-行定-平基-政光-頼頼-業等大路を渡る御桟 敷前にしてはことにこゝろつかひし侍ると《割書:云| 々》 五月(〽[朱] )五日競馬は堀川院の御叡願にて五穀成 就天下安全の御祝祷として寛治七年より始 らる十番廿疋の馬料を寄られ例年に執行 せしめらるかの武徳殿にてありし面影をう 【能-行定-平基-政光-頼頼-業の「-」は朱書】