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翻刻
つされ勝負の楽を奏し神宝なとも以前に
渡る也乗尻は近衛司の左右にあらそふ事身
をすてゝ勝負をきそひいとみしとそ見えし
くらへ馬の哥に
とねり子かちかふる馬のあしからに
こゝろくらへの見えもするかな
又競(〽[朱] )馬右方のかちたるには狛(コマ)の乱 声(〃 )を奏す
るといへりかやうの式は競馬記にくはししるすに
あたはさる義也定家卿近衛の将なりし時
乗給ふとて社に定家鞭とて今に伝へたりかの卿の
哥に
埒のうちにくらふる駒のかちまけはのれるおのこ
の鞭のうちからと読給へるはしらすこと時にてや侍る
此競(〽[朱] )馬料も寿永元暦の比社納なくなりて候
つるを鎌倉 ̄ノ右(ウ)幕(〃 )下の御くたし文東鑑に記され
たることく神領五十余ケ所よせられし内に十番の
馬所載て候一番は美作国倭文庄の御馬二番は
加賀国金津庄の御馬三番播州安志庄四番能登
国土田庄の御馬五番美濃国脛長庄是等の庄々
此外何も廿疋の馬をその庄々よりそ出したてける