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翻刻
立腹無是非《割書:云| 々》又天正二年競馬には信長公御
祈願として廿疋の御馬を出し立らる此時御召
用の鞍皆具の餝あたらしく仰付られたるを
賀茂の社人に乗初させよと太田又助と申せしを御
奉行にて仰下されしを其御奉行社家にて語り
給ひしは此御鐙は摂州一谷を義経の落し給ける
時の鐙なり又御鞍は頼朝の御鞍なりしを相伝て
越前の畠田殿より被進候を修 飾(シヨク)なと仰付られし
を今日乗初に且は御祈念と思召ていまた出来(イテキ)
しより召事なくて御馬に具して引立らると《割書:云| 々》
希代の名物とて社家中拝見したる由社記に見え
たり此等の例によりて秀吉大閤の御時にも御馬
出し立られ其外武家の御衆へ仰られて廿疋なから
各をとらぬ逸物のはや馬とも出し立らるされと馬の
番立をは古をあらためすかの昔の庄々の名ともを
乗尻の廻文にも書きたりて今に此神事のみ武家
の御とりもちゆへに御馬出候へは外の入用は少分の社家
僅つゝ分 ̄チ納る給田役田の領米に石打米かけて都
合◦(弐)百三十石許競馬足汰五日両日の雑用を例年
怠事なく勤来候葵祭臨時祭も神前の作法