賀茂社関係文書翻刻プロジェクト

コレクション: 賀茂社記録

賀茂社記録. 第1冊 - 翻刻

賀茂社記録. 第1冊 - ページ 25

ページ: 25

翻刻

立腹無是非《割書:云| 々》又天正二年競馬には信長公御 祈願として廿疋の御馬を出し立らる此時御召 用の鞍皆具の餝あたらしく仰付られたるを 賀茂の社人に乗初させよと太田又助と申せしを御 奉行にて仰下されしを其御奉行社家にて語り 給ひしは此御鐙は摂州一谷を義経の落し給ける 時の鐙なり又御鞍は頼朝の御鞍なりしを相伝て 越前の畠田殿より被進候を修 飾(シヨク)なと仰付られし を今日乗初に且は御祈念と思召ていまた出来(イテキ) しより召事なくて御馬に具して引立らると《割書:云| 々》 希代の名物とて社家中拝見したる由社記に見え たり此等の例によりて秀吉大閤の御時にも御馬 出し立られ其外武家の御衆へ仰られて廿疋なから 各をとらぬ逸物のはや馬とも出し立らるされと馬の 番立をは古をあらためすかの昔の庄々の名ともを 乗尻の廻文にも書きたりて今に此神事のみ武家 の御とりもちゆへに御馬出候へは外の入用は少分の社家 僅つゝ分 ̄チ納る給田役田の領米に石打米かけて都 合◦(弐)百三十石許競馬足汰五日両日の雑用を例年 怠事なく勤来候葵祭臨時祭も神前の作法