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祈雨の霊験あらたなるによりて賽(カヘリ申)の神 ̄ン宝御幣
使を奉られける同十(〽[朱] )年五月甲午幣 ̄クラを奉られて
貴ふね社へ雨を祈り給ふ同御(〽[朱] )宇承和十年十一月【注①】
丙申日参議左大弁従四位上 躬王(ミノヲフキミ)【注②】を差遣 ̄シし幣帛を
賀茂神に奉られて国家の昌泰を祈り給ふ又(〽[朱])
御代々御即位あらんとては勅使を立られ官幣を
奉られて此神国の天 ̄ツ日嗣(ヒツキ)をうけつかせ給ふよしの
宣命を告奉られける是を由の奉幣とそ申める
醍醐(〽[朱] )天皇延喜十六年六月十二日乙末石清水宮賀茂
上下社臨時の幣帛使を立られ左右の馬寮十
つらの御馬各五疋左【右脱ヵ】近衛各十人を奉られける
延長(〽[朱] )二年五月七日乙卯丹生貴ふね幣使を定られ
同八日に殿上人を丹生貴ふねに遣され甘雨を
祈りこひ走馬を奉らる
朱雀(〽[朱] )院 ̄ノ天慶五年四月廿九日に当社へ行幸あり
是則神社行幸のはしめ也と《割書:云| 々》此 帝(ミ)は延喜 ̄ノ帝(ミ)
の皇子にて承平の帝と申也然に此神前へ行幸
なりける御願は平 ̄ノ将門 謀(ボウ)逆(〃 ク)を企我身平親王と
名乗親類眷属を公卿殿上人となし下総国に
都をかまへて官物を押領し西国には藤原の
【注① 承和十年は「仁明天皇御宇」であることから、「同御宇」が「嵯峨天皇御宇」の意であれば誤】
【注② 「躬王(ミノヲフキミ)」は「正躬王(マサミノヲフキミ」】