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みゆきせしかもの川浪かへるさに立やよるとて待あかしつる
《割書:長元(〽[朱] )二年十二月卅日にも御祈願の御ため行幸あり|》
万寿(〽[朱] )三年八月廿八日賀茂社より言上あり神殿の前
大なる檜樹一時に枯て一葉の青事なしと《割書:云| 々》是に
よりて《振り仮名:御-卜|ミウラ》の事ありて御幣使なと奉らると《割書:云| 々》
後朱(〽[朱] )雀院長暦元年八月十一日 御代(ミヨ)始 ̄メノ行幸あり
又同(〽[朱] )三年八月十八日二十二社に官幣を立らるゝとて当社
并貴ふねへ勅幣まいらせらる
後冷(〽[朱] )泉院 ̄ノ永承二年四月廿三日御代始 ̄ノ行幸也 又同(〽[朱] )御宇
天喜四年十二月九日行幸 同康(〽[朱] )平五年七月十三日御祈の行幸なり
後三(〽[朱] )条院 ̄ノ延久元年八月九日御代始の行幸也
白河(〽[朱] )院承保二年四月廿三日御代始の行幸あり御叡願
によりて今年以後毎年行幸なるへ◦(きよ)しと《割書:云| 々》【と云々の左に「〃〃〃」有】宣命に
申奉り給ふ依之(是によりて)【依之の左に「〃〃」有】当御代の行幸九ケ度なりし
堀川(〽[朱] )院寛治二年四月廿七日御代始行幸なり
同嘉(〽[朱] )保二年四月十五日行幸又長治元年二月廿七日行幸
同四(〽[朱] )年に當神領寄進まし〳〵ける比社家 ̄の申文を惟家
弁に付て奏聞申事ありけるに誥(ナジ)り笑はれて他の
弁につけられける間三ヶ日にあたりて惟家弁血を吐て
卒去せり是は棚尾社の御前にけたかき人参せ給ひ
て惟家弁勘当仕候はんと申御返事は何とも聞え