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せり此間に頭中将伊輔朝臣社司の賞の事を
うけたまはり仰らる神主資保正四位下に叙
せらる又弥宜祝氏人等をの〳〵一階を給はり
ぬと《割書:云| 々》但去文治元年の御幸は儀式にて
神宝種々舞楽競馬御鞠哥会なとの事
ありしを今度建久には略儀の御幸なりと《割書:云| 々》
《振り仮名:此み|〽[朱] 》かとの比にもやあらんある記云二条の宰相雅経卿
は賀茂大明神の御利生によりて次第に昇
進ありし人なりけり其初世 ̄ノ間(ナカ)あさま
しくたを〳〵しくてはか〳〵しき家
なともた ゛(おはせ)さりけれは花山院の釣殿に宿してそれ
より歩行にてふるにも照にもたゝ賀茂へまいるを
もてつとめとしてけり其比よまれたりける哥に
世の中に数ならぬ身の友千鳥鳴こそわたれかも
の河原にと此哥心の中はかりに思つらねて世に
ちらしたる事もなかりけるに社司《割書:その名を|忘ると《割書:云| 々》》か夢に
大明神われは鳴こそわたれ数ならぬ身にとよみたる
ものゝいとおしき也尋よとしめし給けりそれより
あまねく尋けれは此雅経のよみたる成けり此示
現きゝていかはかり弥信仰の心もふかゝりけん