翻刻
垂跡し給へりと《割書:云| 々》
上宮(〽[朱] )太子記云平 ̄ノ京深-山なるを御覧してのたまはく
国中の秀たる国日本の中心天下無双の勝地
なり四神相応せり南は晴北は塞り仏閣皇居
建立するに尤相応するなり東に流水ありて
福寿長遠のいはれをあらはす東西に長山遥
に連れり諸方に霊神先立て此地を守護
し給ふ我滅-後百七十余年ありて此所都
なるへししかも北山の麓に月神の応-化して
百王を守り給へる霊神坐す即賀茂太明神
御事也《割書:云| 々》又同北山の高 嶽(ね)に龍神常に止
住し給ひ京城を守護す貴ふね【注】大明神是也《割書:云| 々》
山城(〽[朱] )国風土記云可茂社【左ルビ:〝】を賀茂と称するは日向
国曽の峯に天降まします神賀茂建角身命
なり神 ̄ン倭石余彦の御前(ミサキ)に立 ̄シおはしまして大倭
かつらき山の峯にやとりまし〳〵かしこより漸う
つりて山代国岡田の賀茂にいたり給ひ山代河
にしたかひて下りまし〳〵葛野河と賀茂河と
あふ所に奉りまし〳〵て賀茂川を見廻して
のたまはく狭小なれとも然も石川清川ありと
【注 「貴船」のことと思われます。地名で、一字を漢字にしてあとは仮名表記はよくあります。】