賀茂社関係文書翻刻プロジェクト

コレクション: 賀茂社記録

賀茂社記録. 第1冊 - 翻刻

賀茂社記録. 第1冊 - ページ 7

ページ: 7

翻刻

垂跡し給へりと《割書:云| 々》 上宮(〽[朱] )太子記云平 ̄ノ京深-山なるを御覧してのたまはく 国中の秀たる国日本の中心天下無双の勝地 なり四神相応せり南は晴北は塞り仏閣皇居 建立するに尤相応するなり東に流水ありて 福寿長遠のいはれをあらはす東西に長山遥 に連れり諸方に霊神先立て此地を守護 し給ふ我滅-後百七十余年ありて此所都 なるへししかも北山の麓に月神の応-化して 百王を守り給へる霊神坐す即賀茂太明神 御事也《割書:云| 々》又同北山の高 嶽(ね)に龍神常に止 住し給ひ京城を守護す貴ふね【注】大明神是也《割書:云| 々》 山城(〽[朱] )国風土記云可茂社【左ルビ:〝】を賀茂と称するは日向 国曽の峯に天降まします神賀茂建角身命 なり神 ̄ン倭石余彦の御前(ミサキ)に立 ̄シおはしまして大倭 かつらき山の峯にやとりまし〳〵かしこより漸う つりて山代国岡田の賀茂にいたり給ひ山代河 にしたかひて下りまし〳〵葛野河と賀茂河と あふ所に奉りまし〳〵て賀茂川を見廻して のたまはく狭小なれとも然も石川清川ありと 【注 「貴船」のことと思われます。地名で、一字を漢字にしてあとは仮名表記はよくあります。】