賀茂社関係文書翻刻プロジェクト

コレクション: 賀茂社記録

賀茂社記録. 第1冊 - 翻刻

賀茂社記録. 第1冊 - ページ 71

ページ: 71

翻刻

後堀(〽[朱]  )河院御宇嘉禄元年十二月八日御代始の行幸あり 四條(〽[朱]  )院御宇嘉禎三年十一月十一日戊午行幸御代 始例のことし 後嵯(〽[朱]  )峨院御宇寛元々年十二月五日御代始の 行幸あり同三(〽[朱]  )年四月九日官幣使を立らる 但三合并天変の御祈のため也と《割書:云| 々》 同月(〽[朱]  )廿九日上皇賀茂御幸あり◦(❘(同四年四月廿九日賀茂下上御幸あり)【注】社記云今日 未(◦❘)明に出御ありて秉(ヘイ)燭の後還幸なりぬ 其次第例のことく先下社にまいらせらる社頭の義 行幸のことし御拝以下事おはりて上社にむか はせらる路次の儀行幸のことく也外の鳥居に着せ 給ひて公卿は鳥居の内列居南上西面なり侍 臣(殿上人也)は 鳥居の内(外イ)北上東面に列居し御随身御前に つらなり屈居して御車の轅を鳥居の内に入て 下御なり《割書:下御の間公卿は|地に居侍臣前行《割書:云| 々》》侍臣前行公卿御扈従に つらなるさて内の鳥居を入せ給ひて細殿の 御座に着まし〳〵南面に坐す細殿の東階より 舞殿の西南へ打橋をかけて舞殿の北第二 の間に御拝の座をしく同殿の北庭に案を たてゝ金銀の御幣白妙の御幣をよせ立る也 【注 ◦から左上に線有り。次行の「未明」の横の「◦❘)」に繋げるものと思われる。但し、文脈は不自然。】