翻刻
系帳には秦 ̄ノ氏女丹塗 ̄ノ矢を感して産生すとい
へり小異同儀たれは略之
無題(〽[朱] )記云《割書:取要》夫天照太神地神五代の住所は
陰陽次第麗気記云日本国人寿四万歳の時
淡路(アハチ)の三上 ̄ノ嶽にあまくたり給ひ三十二大眷属を
引率して庚申の年より春秋を送り給ふ事
五十五万五千五百五十年の次 ̄ニ布倉(フクラノ)宮にうつり
給ひ丙申年より年月を送り五十六万六千六百
六十六年《割書:文》八輪嶋(ヤワシマ)【左ルビ:ヤハタシマ】に遷り戊申年より年月を
送り五万七千七百七十七年《割書:文》八国(ヤクニノ)嶽にうつり
庚申年より年月を送り五十八万八千八百八十八年《割書:文》
丹波国与謝郡にうつり給ひ年月を送り給ふ事六
十一万千百十年《割書:文》已上外宮御事也《割書:云| 々》賀茂に約すれは
上賀茂御事也又云鵝大明神三所たりといへとも実は
是伊勢両宮是也有口伝《割書:云| 々》日本紀神代秘決云
地神五代は五形の神也五形を以て地の宗廟とし
天照太神を地神と申也賀茂者天の神にして社稷
第一の神と申也口伝深秘なるゆへ不書之社稷と云は
是五穀の長精地神の主也弘決云社は居也土は吐也
土の生する所は口中物を吐かことし稷は五穀の長たり