賀茂社関係文書翻刻プロジェクト

コレクション: 賀茂社記録

賀茂社記録. 第1冊 - 翻刻

賀茂社記録. 第1冊 - ページ 96

ページ: 96

翻刻

雲わけ見んとて度々行むかひいみしきよしを申 あはれけれは聞めしわたりて御覧あるに御供には 按察使資賢大納言兼雅公卿殿上人あまたま いり候して叡覧ありけり雲分と云はむかしの 名也山本神主成平かもとにありけりと《割書:云| 々》又安元 御 ̄ン賀(〃 )の時三位頼輔賀茂神主家平の家に行向 て御 ̄ン賀(〃 )の上鞠仕へきよし勅定あり其間の子細 訓説をかうふるへしと云れけれは家平云鞠は 仕候とも御賀の鞠つかうまつる事家に候はねは故実 申かたく候但常の老耄の人の上鞠の体にこそ 候はめと申けり如此賀茂人蹴鞠堪能の輩おほく てうへの御鞠ある時は御代々参候いたし上鞠露 はらひをは先賀茂人うけ給る事也依之御鞠会に は飛鳥井難波御子左賀茂人と旧記ともにありと《割書:云| 々》 二条(〽[朱]  )院御宇応保二年閏二月廿一日に政平太田社 の祢宜より片岡祝になりて年ふるまゝによみ ける哥千載集の神祇部に入られける   さりともとたのみそかくるゆふたすきわかかた岡の 神とおもへはとよめりけれは神の感し覚しけるにや そのゝち程なく祢宜に成にけるとなん此事千載集