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雲わけ見んとて度々行むかひいみしきよしを申
あはれけれは聞めしわたりて御覧あるに御供には
按察使資賢大納言兼雅公卿殿上人あまたま
いり候して叡覧ありけり雲分と云はむかしの
名也山本神主成平かもとにありけりと《割書:云| 々》又安元
御 ̄ン賀(〃 )の時三位頼輔賀茂神主家平の家に行向
て御 ̄ン賀(〃 )の上鞠仕へきよし勅定あり其間の子細
訓説をかうふるへしと云れけれは家平云鞠は
仕候とも御賀の鞠つかうまつる事家に候はねは故実
申かたく候但常の老耄の人の上鞠の体にこそ
候はめと申けり如此賀茂人蹴鞠堪能の輩おほく
てうへの御鞠ある時は御代々参候いたし上鞠露
はらひをは先賀茂人うけ給る事也依之御鞠会に
は飛鳥井難波御子左賀茂人と旧記ともにありと《割書:云| 々》
二条(〽[朱] )院御宇応保二年閏二月廿一日に政平太田社
の祢宜より片岡祝になりて年ふるまゝによみ
ける哥千載集の神祇部に入られける
さりともとたのみそかくるゆふたすきわかかた岡の
神とおもへはとよめりけれは神の感し覚しけるにや
そのゝち程なく祢宜に成にけるとなん此事千載集