翻刻
【右丁】
漢土(もろこし)の白公勝(はくこうせう)といふ人軍中にて謀計(ばうけい)を思慮(しりよ)し居る時
剣(けん)を以て頤(あご)を貫(つらぬ)きたるをもしらざりしとまことに
神気をうばはるゝ事の甚(はなはだ)しき時はかくのことしまた
体(からだ)を城郭(ぜうくわく)にたとへ心を三軍(さんぐん)にたとふるに城(しろ)の本丸(ほんまる)
計りに軍勢(くんぜい)を引とるときは外廓(そとくるわ)を守るへき勢(せい)なき
故に敵(てき)のために侵(おか)さるれどもこれを知らざるがごとく
恐驚は急に神気を内へ引衆る故に内神気の度(ど)を
うしなひ外 身体(しんたい)をそこなふ事を知らざるにいたる
是故に七情 節(せつ)にあたらざる時は心をそこなひ身を
亡(ほろぼ)すの本(もと)也されどまた此七情は元性(もとせい)の用(よふ)なれは発(おこ)
【左丁】
【五六字分欠損。乍然、次コマと同じ故補う】らぬといふ事はなきものなれどもこれを守る事を知る
ときは発(はつ)して節(せつ)にあたる故に身を亡(ほろぼ)すの害(がゐ)なく若(もし)
これを不守ことの甚しき時は乱(らん)にいたるまことに
恐(おそ)るべき事にあらずや扨此心を養(やしの)ふはいかんと
いふに孟子(もうし)も欲(よく)を寡(すくのふ)するよりよきはなしといへり
此欲(このよく)の発(はつ)するは必(かならす)口鼻(かうび)耳目(じもく)よりし口に味をほしい
まゝにし見(み)ると聞(きく)との二(ふた)ッに有(あり)てもしこれをほしい
まゝにするときは忽(たちまち)養生(よふぜう)の道に背(そむ)くが故に此欲を
寡(すくのふ)する事養生の第一なり扨此欲を寡し心の
養様(やしなひよふ)はいかんといふに思慮分別(しりよふんべつ)をはなれ無念無心