翻刻
【右丁】
《割書:事也おほ|つかなし》帰朝のゝち大閤のむこ君になされてけりけ慶長二年
ふたゝひ朝鮮にいたる王城ちかく攻入り引返して西生浦
に陣とり蔚山の後巻して本朝に帰る大閤薨し給ひ
て朝鮮にありし軍勢迎んため秀元筑紫に下向せしに
軍全して帰けれは渡海におよはすいくほとなく輝元
石田三成にかたらはれて大坂にのほりて徳川殿を失ひ
まいらせんとす秀元大に驚き輝元をいさめて秀頼
いまたいとけなくましますいかて内府をよしともあし共
おもひわかち給ふへきことに君は近間内府としたしみ
なさんと誓ひを結ひたまひしとそ承れそれにいく
【左丁】
ほともなくその誓にそむきて奉行等か方人し給ん事
努〳〵しかるへからすといひしかと輝元これにしたかはす
秀元力及はすしてさらは君は秀頼の御供して東国
に攻下り給へし秀元先陣仕らん秀頼みつからむかひ
給ふと聞へなは内府にしたかつて奥にくたりし人々皆
御陣へそ参らんすらんさらんにおいてはなとかみかた勝軍
せては候へきと言葉を尽しすゝめしにこれも猶用ひ
られす三成か下知として秀元熱田に陣を取伊勢国
にうち向ひ又引返して美濃国におもむき南宮の山
に陣とつたり去ほとに関か原の戦東西既に矢合す