伊那市×みんなで翻刻

コレクション: 内藤家資料 (1) 2

藩翰譜(八・上) - 翻刻

藩翰譜(八・上) - ページ 15

ページ: 15

翻刻

【右丁】 《割書:事也おほ|つかなし》帰朝のゝち大閤のむこ君になされてけりけ慶長二年 ふたゝひ朝鮮にいたる王城ちかく攻入り引返して西生浦 に陣とり蔚山の後巻して本朝に帰る大閤薨し給ひ て朝鮮にありし軍勢迎んため秀元筑紫に下向せしに 軍全して帰けれは渡海におよはすいくほとなく輝元 石田三成にかたらはれて大坂にのほりて徳川殿を失ひ まいらせんとす秀元大に驚き輝元をいさめて秀頼 いまたいとけなくましますいかて内府をよしともあし共 おもひわかち給ふへきことに君は近間内府としたしみ なさんと誓ひを結ひたまひしとそ承れそれにいく 【左丁】 ほともなくその誓にそむきて奉行等か方人し給ん事 努〳〵しかるへからすといひしかと輝元これにしたかはす 秀元力及はすしてさらは君は秀頼の御供して東国 に攻下り給へし秀元先陣仕らん秀頼みつからむかひ 給ふと聞へなは内府にしたかつて奥にくたりし人々皆 御陣へそ参らんすらんさらんにおいてはなとかみかた勝軍 せては候へきと言葉を尽しすゝめしにこれも猶用ひ られす三成か下知として秀元熱田に陣を取伊勢国 にうち向ひ又引返して美濃国におもむき南宮の山 に陣とつたり去ほとに関か原の戦東西既に矢合す