伊那市×みんなで翻刻

コレクション: 内藤家資料 (1) 2

藩翰譜(八・上) - 翻刻

藩翰譜(八・上) - ページ 45

ページ: 45

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【右丁】 軍起りしには海路おたやかならす城おちたりし日大坂 につき戦ひにはあはす閏六月四日将軍家至鎮に 淡路国を加へ給ふ《割書:阿波淡路合て廿五万七千石也政事録に|閏六月四日に給ふとみゆ家忠日記追加》 《割書:には七月廿日と|しるす不審》元和六年二月廿六日至鎮三十五歳にして 父にさきたちて卒し其子千松丸家をつく《割書:慶長十九年|十一月十九日》 《割書:大御所至鎮を大坂の御陣にめされて汝の嫡子衣の紐ほとかんころ|まて家康親になるへしと仰ありてめされし御帯をたまひまた》 《割書:千松丸かもとへ御使を下されて小袖|二領黄金三百両たまふと云々》元和九年九月十日《割書:一説に|十四日》 将軍家にめして元服の儀行はる御諱字賜り 従四位下阿波守になされ忠英と申す《割書:御刀を|たまふ》寛永 三年八月侍従に任す同き十五年【右に「イ九 七」】の十二月晦日【右に「廿九日」】 【左丁】 蓬庵入道卒す八十一歳慶安五年四月四日忠英四十 二歳にて卒す嫡子阿波守元隆慶安元年十二月 廿一日元服し御諱字を給ひ従四位下因幡守に任す 《割書:御刀を|たまふ》家継し後承応二年十二月侍従兼阿波守に成る 寛文六年五月十七日三十七歳にて卒す其子千松丸 家をつき寛文十年十二月廿七日元服御諱字給 従四位下兼阿波守になされて綱通と申《割書:御刀を給事|例のことし》 綱通廿二才にして延宝六年七月晦日に卒す 子なくして従弟熊太郎をもつてよつきとしけり 《割書:故阿波守光隆か|弟式部某か男也》此年十二月廿一日従四位下淡路守に任し