伊那市×みんなで翻刻

コレクション: 内藤家資料 (1) 2

藩翰譜(八・上) - 翻刻

藩翰譜(八・上) - ページ 44

ページ: 44

翻刻

【右丁】 法斉大坂にあつて大谷刑部少輔吉隆か催促に随ひ 軍勢を卒し北陸道に攻下り頓て兵粮つきぬとて 帰かくて長門守至鎮海道の先陣して美濃国 にむかひこゝかしこの軍す軍既に終て後阿波守 家政家人高木か私に大坂の催促にしたかひ北陸道 に下りしをいかつてたちまちに所帯を没収して追却 すされとも世の人家政内々は父子東西にわかれていつ れのかたにて我家立んとはかりけるなといひ沙汰し けれは頓て子息に国ゆつり入道して蓬庵と号し籠り 居る至鎮家をゆつられて従四位下阿波守になさる 【左丁】 《割書:十八万|六千石》大坂軍起りし時蓬庵入道東海を押渡て関東 に参り将軍家の御跡を守り阿波守いた至鎮は摂津の 地にわたりてこゝかしこの要害せめやふり〳〵城を せぬ【右に「め」】をのか陣に夜討うち入しに手の者下知して よく戦ふ大御所蓬庵に御教書給て子息か功を 賞したまふほとなく東西和睦のゝち今年慶長十九 年十二月廿四日大御所阿波守をめして此度の功を 賞し給ひ彼家臣等の高名せし輩に御教書なされ物を 賜ふ事差ありき明れは元和元年正月十一日将軍家又 至鎮に御教書をなされ御家号をゆるさるふたゝひ