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コレクション: コレクション2

国字痘疹戒草 3巻 - 翻刻

国字痘疹戒草 3巻 - ページ 9

ページ: 9

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【右丁】 痘瘡と理を合する処あり又(また)肘後方(ちうごはう)に天行発斑(てんかうはつはん)とみえ病源候(びやうげんかう) 論(ろん)に傷寒登豆瘡(しやうかんゑんとうさう)の説(せつ)あり又痘瘡の名も多(おほ)くして其(その)始(はし)め赤(せき) 点(てん)をみて斑(はん)といひ一二日/顆粒(つぶ)をなすを指(さし)て疱瘡(ほうさう)といひ四五日に至 り形(かたち)の豆(まめ)に似(に)たりとて痘瘡(とうさう)といふ又/未(いま)だ生(うま)れざる先(さき)の天(てん)より受(うけ) たる所なりとて天瘡(てんさう)といひ天(てん)の気(き)に感(かん)して発(はつ)するが故(ゆゑ)に天花(てんくは) ともいふ其/病(やまひ)四節(しせつ)の期(き)正(たゝ)しくてありながら変化(かはること)測(はか)りがたきゆゑ に聖瘡(せひさう)といひ古(いにし)へ虜国(りよこく)より伝染(うつり)たるを以(もつ)て虜瘡(りよさう)とも呼(よぶ)𤺋(しん) は 疿病(ひびやう)也(なり)𤺋(しん) と疹(しん)とは本(もと)壱字(いちじ)瘡(さう)と疹(しん)とは皮外(かはのそと)に現見(あらはれみ)ゆるものゝ 惣名(そうめい)にして痘のみにはかゝはらず又/唐土(もろこし)の名医(めひい)達(たち)痘瘡の根元(もと)を論(ろん) して或(あるひ)は胎毒(たひとく)といひ淫火(いんくは)の毒(どく)といひ又/三穢毒(さんえとく)ともいふ皆(みな)臆度(をくたく)の説(せつ) 【左丁】 にして未(いま)だ詳(つまび)らかならず盧銑(ろせん)曰(いはく)一生(いつしよう)に壱度(いちど)患(わづら)ふて再度(にど)せざるは 胎毒(たいどく)なり歳気不正(としのたゝしからぬき)に感(かん)して流行(はやり)は疫癘(えきれい)なりといひ節斉(せつさい)も痘(ほうさう) の本(もと)は胎毒(たいどく)なれども一児(ひとり)出痘(ほうさう)すれば衆児(おほぜひ)伝浅(うつり)#1て出痘するは瘟疫(うんえき) なり故(ゆゑ)に呼(よび)て痘瘟(とううん)といふとあり彼是(かれこれ)を稽(かんか)ふるに淫火(いんくは)のどく飲食(くひもの) の毒(どく)相混(まじり)て人(ひと)の体中(からたのうち)に伏(ふく)し隠(かく)れ不正(ふせひ)の外気(くわひき)に感(かん)して発(はつ)する事(こと) 時(とき)をまつといふ説(せつ)穏(おたや)かなり又 我(わか) 日本(にほん)にても延長(えんちやう)三年#2に丹波(たんは)家(け)より公卿(くきやう)衆(しゆう)へ答(こたへ)らるゝには痘瘡は 歳疫(としのわるきき)の為(なす)ところとあり和気(わけ)氏(し)の王侯(おうこふ)達(たち)へ答(こたへ)らるゝには鬼(おに)の病(やま)ひ とも見えたり又我 国(くに)にても痘瘡の名(な)も多端(おほく)あり其(その)窠粒(つふだつ)をみて皰瘡(ほうさう)といひ水(みつ)