翻刻
【右丁上段】
雨(あま)ごひ小町
紀貫之(きのつらゆき)の古今(こきん)の序(じよ)に。六人の
哥(うた)のひじりをのせられたり。小町
は其中の一人(ひとり)にて。殊(こと)にめでたき哥よみと也。ある年
天下大ひでりして。三/ヶ(が)月に及(およ)ひ雨のうるほひ無(なか)り
しかば。民(たみ)のたねくさもみのらず。君(きみ)も臣(しん)も歎(なげ)きに思召
て。さま〴〵の御 祈(いのり)有けれ共其しるしもなし。かけまくも
ゑいりよ【叡慮】止(やむ)事おはしまさず。きじん龍神(りうじん)をなだむるには
和哥の手向(たむけ)にしくはあらじと御せんぎ有て。其比和哥
のほまれ有とて小町をえらひ出されたり。小まちは
心にはゞかり恐(をそ)れ思ひけれども。みことのりを承り
て辞(はい)し申にかなひがたく。むかしよりのれい地と聞へ
し。しんぜんえんの池の汀(みぎは)にいたり。しばらく礼拝(らいはい)をな
して此事かなへさせ給へと心にふかくちかひをなしてよめる
哥【〇で囲む】ことはりや日のもとなれば照(てり)もせめ。さりとては又 天下(あめがした)とは
と。詠(えい)じければ此うたのとくによりて。天神(てんじん)地祇(ぢぎ)の御心を
やはらげ。龍神(りうじん)もかんおうまし〳〵けん。大きにあめを
ふらし。三日三夜におよびければ。久しく照(てり)かはける
国土たちまちうるほひわたりて。草木こと〴〵く
青き色をあらはし。しげりさかへける程に民の歎とゞ
まり五 穀(こく)ぶによう成ける也。されば力をも入すして。天地
をうごかし目に見えぬ鬼神(きじん)をかんぜしむことわさは和哥
の道也とつたへり。ひとへに有がたきことどもなり
【右丁下段 小町が池のほとりで歌を詠んでいる】
ことはりや
日の本(もと)
なれば
てりも
せめ
さり
とては
また
天下(あめがした)
とは