東京学芸大学「学びと遊びの歴史」を翻刻!

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女源氏教訓鑑 - 翻刻

女源氏教訓鑑 - ページ 22

ページ: 22

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【右丁上段】 【見出し】祇園會(きをんゑ)行烈(ぎやうれつ)之(の)図(づ) 【小見出し】長刀鉾(なきなたほこ) 四条通 烏丸(からすまる)の東(ひかし) 東洞院(ひかしのとい)の西より出る也 〇此長刀は三条 小鍛冶宗親(こかぢむねちか)が              作 実(み)の長《割書:サ|》四尺 心(なかこ)壱尺 惣(そう)寸五尺なり。此長刀あらたにして 疫病(やくびやう)瘧病(をこりやみ)に戴(いたゞ)かする時 平念(へいゆ)する事 忽(たちまち)にしてさま〴〵霊験奇瑞(れいけんきずい)多(をゝ)し 中ご短(みじか)くて難義(なんぎ)なる故 法橋(ほつきやう)和泉守(いつみのかみ)来金道(らいきんみち)寄進(きしん)仕《割書:リ|》 長《割書:サ|》八尺実(み)四尺 心四尺なり 古釼(こけん) 納置(をさめおき)近代(きんたい) 此長刀を鉾に用る也 【右丁下段】 「はゝ木々【源氏香の図】」【見出し語の上下左右に鉤かっこ】 此巻は哥の詞をもつて名つけ たる也。光源氏の十六歳のとき。 御うちの人いよの介(すけ)といふものゝ家(いゑ)。中(なか)川といふに 御いでありて。ひうかにいよの介がつまうつせみの君 のもとへ忍ひて逢(あひ)給ひてのち。うつせみの弟小君(こきみ)と いふを御 使(つかひ)にて御みつかはされけれ共。うつせみは 世のきこえ身をはぢてかくれて逢たてまつらす その時けんしよみてやり給ふ〽はゝきゞの心もし らでそのはらのみちにあやなくまどひぬるかな 此哥のはゝ木ゞといへるは美濃(みの)の国と信濃(しなのゝ)の【送り仮名の重複】国 の境(さかひ)に。そのはらふせ屋といふ所(ところ)に木あり。其木を とほくよりみれは箒(はゝき)をたてたるやうにて近(ちかつき)て みれはそれににたる木もなし。それゆへありとみて あはぬ心にたとへていふこと也。哥心は。はゝ木々を有 と思ひて立(たち)よりてみれは。みうしなふといゝならはし たるに。いまうつせみを見うしなひたるよとの心也。 うつせみかへし〽かすならぬふせ屋におふる身のう さにあるにもあらできゆるはゝ木々〇此心はかすなら ぬわかいやしき身なれ共。さだまりたるつまあるゆへ。 あるにもあられすかくれたるといへる心なり 【左丁上段】 【小見出し】天神山【▢で囲む】 油小路(あふらのこうち)   綾(あや)小路の    南より出る 〇天神は 菅丞相(かんしやう〴〵)の 霊(れい)なり 【小見出し】傘鉾(かさぼこ)【▢で囲む】四条 西洞院(にしのとい)の   西より出る 〇此 赤熊(しやぐま)を着(き) 棒(ぼう)ふりは昔(むかし)より 今に至(いたり)壬生村(みぶむら)の者毎年 出る役(やく)なり 【小見出し】太子山【▢で囲む】油小路高辻の 〇六 角堂(かくだう)の                北より出る はじめは林(はやし)なりしを 聖徳太子はだの 守(まも)り【いつも肌につけておく守り】をかけ ゆあみし給ひし故事也 【左丁下段】   空蝉(うつせみ) うつ  せみ   の 身(み)を  かへて   ける 木(こ)の   もとに 猶(なを)人がらの  なつ   かしきかな