翻刻
【見出し】「もみちの賀【源氏香の図・注②】」【▢で囲む】
此巻は詞をとりて巻の名と
せり。源氏十七歳の十月より
十八歳の七月まてのことあり。紅葉の賀とは
比しも十月なれは紅葉をもてなして御 賀(が)
あり。賀(〝)とは天子四十にならせ給ふ時をいはひて
をこなはるゝこと也。さて此賀にはもみちのもと
にて伶人(れいしん)【雅楽師】の舞あり。殿上人(てんしやうひと)みやたちも其き
りやう【才能】あるは舞給ふ。源氏はせいがいはといふ曲(きよく)を
舞給ふ。そのおもしろさにみな人かんにたへたり。【深く感動する】
巻の詞に。こだかき紅葉のかけに四十人かいしろ。【注①】
いひしらす【何とも言えない】吹たてたるものゝねともあひたる松
風まことのみやまおろしと聞えて。吹まよひ辺
辺にちりかふ木の葉の中より。青海波(せいかいは)のかゝ
やき出たるさま。いとおそろしきまてみゆ。かさし
の紅葉いたうちりへたるなとあり。けんしの哥
〽物思ふに立まふへくもあらぬ身のうでうちふり
し心しりきや◯心はわか身物思へは立出ん
心もなかりしに。たゝ藤つほにみせ奉らせ給ふへき
とのみかとのおほせありしによりずい分舞の手
をつくししくなりさやうの心をしり給ふかと也
【注① 舞楽、特に青海波(せいかいは)の舞のとき、立ならんで笛を吹き、拍子をとる人々の作る円陣。垣のように舞人をとり囲むからいう。】
【左丁上段】
【見出し】「女謡(をんなうたひ)教訓(けうくん)絵抄(ゑせう) 」【見出し語の上下左右に飾り鉤かっこ】
湯谷(ゆや)
ゆやは平宗盛(たいらむねもり)公 召(めし)つかひの女なり湯谷(ゆや)が老(らう)
母(ぼ)ふる里より逢(あい)たきよしにて朝(あさ)かほといふ女に
みを上し暇(いとま)を乞(こひ)候へ共宗盛公よりいとま出ず
清水寺の花見に同し車(くるま)にて参詣(さんけい)有しに
花もさかり成しに湯や一 首(しゆ)つらねし哥に
○いかにせん都の春もおしけれどなれし東(あつま)
の花やちるらん 此哥のさまあはれにおぼし
めし御 暇(いとま)たびてげりゆやはうれしく又もや
都に御供して御意のかはるべきやとすぐに東に
にかへりしなり。哥の徳かう〳〵のとくなり
【左丁下段】
花宴(はなのえん)
いづれ
ぞと
露(つゆ)の
やど
りを
わかん
まに
こさゝが
はらに
加 勢(せ)も
こそふけ
【注② 紅葉賀の図ではなく、薄雲の図。正しくは、右から一番目と三番目と四番目の縦線の上部を横線で繋いだもの】