翻刻
【右丁】
道成寺(だうじやうじ)
道成寺(だうじやうじ)鐘(かね)のくやう有しに。女きんぜい【禁制】と有(ある)所に
白拍子(しらひやうし)の女参りしを寺僧(ぢそう)共舞をまはせ其 替(かは)り
にくやうの場(ば)へ入れ しかば。彼(かの)女此 鐘(かね)うらめしやとて
引かづきぬ。此いはれは昔(むかし)真砂(まさご)の庄司(しやうじ)といふものゝ
息女(そくぢよ)くまの参りの山 伏(ぶし)。庄司もとにとまりし。度(たび)
毎(ごと)に。つまに持(もつ)べきなどたはふれ置(をき)しが。ある時
山伏又とまりし夜 彼女(かのむすめ)夜 更(ふけ)てねやに来り。急(いそ)ぎ
我をつれ行 妻(つま)にし給へといふ。山ぶし驚(をどろき)夜ぬけ
にして道成寺へかけ入かねの内にかくれぬ女 跡(あと)
をしたひ追行一念のどくじやと成山ぶしを取ころし
ぬ。か様成一念は親への不 孝(かう)たしなむべき事なり
【右丁下段】
【見出し】「あふひ【源氏香の図】【見出し語の上部左右に飾り鉤かっこし全体を▢で囲む】
此巻は歌をもつて名つけたる也
源氏廿一歳より廿二まての事
あり。けんしの北のかたをあふひのうへといふ。かもの
まつりを見に出給ふに御車のたて所【たてど=たてるべき場所】を御ともの
人〳〵あらそひて。六条のみやす所の御車をうち
そんじなどせしより。加茂のまつりの車あらそひ
といふ也。そのうらみにものゝけとなりてあふひの
うへそのとしの八月にとりころされ給ふ也○【別本にて】かもの
まつりの日源の内侍(ないし)源氏によみてたてまつる歌
〽はかなしや人のかざせるあふひゆへ神のしるしの
けふをまちける○此心はその日けんしは紫のうへと
同車(とうしや)にて出給ひてけれは。あふひをあふ日にとりて
けふ君にあはんと神のゆるしをまちけるに。人
と同車し給ふゆへにけふをまちしかひもなき
ことなりとよめり○けんしの哥に〽はかりなき
ちひろのそこのみるふさのおひ行末は我のみ
そみん○此心は紫のうへの御ぐしをとり上給ふ。
御かみのうつくしきは。みるふさといふ海にある藻(も)
のごとく也。猶此うへいかはかりなかくおひそへん其
ゆく末はけんしのみ見たまはんそとの心なり
【左丁上部】
籠太鼓(ろうたいこ)
籠太鼓(ろうたいこ)は。松浦(まつら)の何某内(なにがしのうち)清次といふ者(もの)他所(たしよ)にて
口論(こうろん)して敵(てき)を討(うち)帰りしに。人をあやめしとが人
とて籠(ろう)に入置しに。ぬけ出見えざりし故。清次か
女房其 替(かは)りに籠(ろう)に入れ置れしに。番(ばん)の者 報(つぐこと)を
かけて一時かはりに番(ばん)をする。女 狂気(きやうき)に成しを
松浦(まつら)不 便(びん)に思召。籠よりたすけ。出候へと有しに。妻の
替(かは)りに入し事なればとて。出ざりし心ざしをかんじ
いよ〳〵たすけられ。夫(つま)のあり所を語り候へ。夫もろ
ともたすくべきよしありがたし。今こそつまの
あり所あらはし。二たびめぐりあひちぎりし也。
女のおつとを大せつにしたる徳なりとかや
【左丁下段】
榊(さかき)
神垣(かみがき)
は
しるしの
杉(すぎ)も
なき
ものを
いかに
まがへて
おれる
さか木ぞ