東京学芸大学「学びと遊びの歴史」を翻刻!

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女源氏教訓鑑 - 翻刻

女源氏教訓鑑 - ページ 30

ページ: 30

翻刻

【右丁上段】  ともえ 巴(ともへ)といふは。木曽義仲(きそよしなか)公の召(めし)つかひの女也。木曽より 旅僧(たびそう)【行脚僧】の出。江州(こうしう)あは津が原にて巴のゆうれいに あひし諷(うたひ)【注】也。義仲あは津が原にて討死(うちじに)の時。巴を 近付(ちかづけ)此守り。小袖を木曽に届(とゞけ)け【送り仮名の重複】よ此旨をそむか ば主従(しゆじう)三世の契(ちぎり)たへながく不孝とのたまへば。 巴ともかくもとぜひなく御前を立見れば敵(かたき)の 大ぜい。あれは巴が女 武者(むしや)。あますまじと手し げくかゝれば。一 軍(いくさ)うれしやと切立。八方 追(おひ)ちらし 立帰り見奉れば。はや御じがい有御枕の程に御小袖 守りを置給ふ。巴なく〳〵給り木曽をさして落(おち)行ぬ。誠に 男にもまれ成 忠心(ちうしん)也よく主(しう)をたつとむべし 【注 「諷」に「うたう」の意はないが、この字は「風」に通じていて、「風」に「うた、うたう」意があることから「諷」を「うたひ」と読ませたものと思われる。】 【右丁下段】 【見出し語】「さか木【源氏香の図】【見出し語上部左右に飾り鉤かっこ。全体を▢で囲む】 此巻は詞と哥々をもつてなと する也。源氏廿二歳の九月より 廿四歳の夏まてのことをかけり。六条のみやす所 の御むすめさいくうといふになりていせへくたり 給ふに。みやす所もともなひ給ふ。まつのゝみやにて 物いみして行給ふを。源氏さすかわすれもはて 給はす。いせまてくたり給ふ御なこりおしみに 忍ひてのゝみやまてまいり給ふ時みやす所の御 哥〽神垣はしるしの杉もなき物をいかにまか えておれるさか木そ○此心は古哥に。わか庵(いほ)は三わ の山もとこひしくはとふらひきませすきたてる門(かと)。 此哥をとりて。のゝみやの神垣には三わのことくしる しの杉もなきに。いかに思ひまかへてこれまては 御出ありけるそとの心也。源氏のかへしに〽おと め子かあたりと思へはさか木はのかをなつかしみ とめてこそおれ○此心はみやす所のおはしますを よくしりてこゝまてはまいりたれとのこゝろなり。 巻の詞にもさか木の枝をいさゝかおりて持給へ けるとあるをとりあはせてまきの詞とせり此巻 一名には松からし島ともいへり 【左丁上段】  雲雀(ひばり)山 雲雀(ひばり)山といふは。大和 紀(き)の国のさかい也。こゝに南都(なんと) 横萩右大臣豊成(よこはきうたいじんとよなり)公の姫君(ひめきみ)。中将姫と申あり。此 ひめ君。去(さる)人のざんげんによりて。雲雀(ひばり)山にてうし なひ【「棄て」或は「殺せ」】申せと有しを。里(さと)人いたはり。柴(しば) の庵(いほり)をむすび。入 置まいらせし。御めのと付そひいたはりしに。此めのと 秋は草花(さうくわ)を取て里に出 往来(ゆきゝ)の人に代(しろ)なし。【代価を得】姫 君をすごしまいらせし。程ふりてひばり山の辺(へん)にて 豊成公に。めのと花売(はなうり)に出てあひまいらせしに。姫 君の事此へんにいたはり置し由。御なつかしく思召 則尋あひ給ひ一ツこしにのせ御帰りありしと也。誠に 心はたんりよにもつましき物なりとこそ 【左丁下段】  花散里(はなちるさと) たち  ばなの 香(か)を  なつ  かしみ ほとゝ  ぎす 花ちる  さとを 尋(たづね)てそ    とふ