翻刻
【右丁上段】
て兄弟此世にありてこそ。兄のふかうも
おそるべけれ。御身むなしく成給はゞ。不 孝(かう)
とも勘当(かんだう)とも。誰かは我をしかるべき。迚(とて)も
不 孝(かう)の身とならば。御手にかけさせ給へと
いふ。正儀はことばを出し侍ず。役人申やう。とかく
母さし図(づ)にて一人出し候へといふ。母おもひさだめ云(いふ)。
役人聞ふしぎや。をと〳〵は乳(ち)【「宛」にみえるが、誤記と思われる】のあまり【末っ子】とて。
おしみかなしむはづを切れとはいかにこゝろへず。
母なみだながら。さればいはれの候。兄はまゝ
子おとゝは我(わが)子なり。兄をころさば。まゝ子を
にくみしと。草(くさ)のかげ成父の思はんもはづかし。
いかに正 儀(ぎ)もきけ。今まではまゝしきなか【なさぬ仲】を
つゝみしなり。あらはさじと思へどかくなれば
いひ聞(きか)す。わどの【吾殿=おまえ】三才の春より。朝夕(あさゆふ)育(そだて)
我子よりもいとをしく育(そたて)其内にせいしゆを
まふけ。梅(むめ)さくらとたのしみへだてなく。す
ぐししなり。此上は母ともに討給へと云(いふ)。あまり
にいたはしく。此由そうもん申せしかば御門(みかと)聞召
元来(もとより)世守(せいしゆ)は世(よ)を守(まもる)といふ字なりと。国(くに)の
あるじとなし。正儀を左の臣下(しんか)と成(なし)給ふ
誠に親子(しんし)兄弟 勇(ゆう)あり孝(かう)有る徳とかや
【右丁下段】
【見出し】あかし【源氏香の図】【見出し語の上部左右に飾り鉤かっこをつけ全体を▢で囲む。】
此巻は哥と詞をもつて名と
せり。源氏廿六歳の三月より
廿七歳の秋都へかへり給ふ事まてあり。源氏
の君をあかしの入道(にうとう)のもとよりむかへたてまつる
により。須磨よりあかしへうつり給ふ。入道よろこひ
よくいたはりたてまつる。ついに入道のむすめ明石
のうへにあひなれ給ふ。むすめのすみし所はおかべの
やとゝいふ。源氏そのかたへかよはせ給ふ道にて。
ある夜都のかたこひしく思召てよみ給ふ〽秋の
夜の月げのこまよわがこふる雲ゐにかけれときの
まもみん○此心は古哥に久かたのつきけの駒(こま)
もうちはやめきぬらんとのみ君をまつかな。といふ心
にて。秋の夜といふより月けと月にいゝかけて。この
わかのる駒よ。月の雲ゐをめぐることくかけりてゆ
かは。わか恋しき都に行て。思ふ人にあはんといふ心也。
入道の哥に〽ひとりねは君もしりぬやつれ〳〵と
思ひあかしの浦さひしさを○此哥の心は。君の
御ひとりにてゐ給ふにて。此かたのひとりねの
さひしさを思し召しるやと。むすめのことを思はせ
がほによめる也
【左丁上段】
【見出し】「四季(しき)の哥(うた)づくし」【見出し語の上下左右に飾り鉤かっこを付け全体を▢で囲む】
春 太上天皇
△初音とは思はさらなん一とせを
二たび来(きた)るはるのうぐひす
△君が代の千とせにあまるしるしとや 基家公
春よりさきに春の来ぬらん
△待(まち)あへずはるは来にけりたか為に 忠定
年のくれとてなをいそぐらん
△山ふかみ春ともしらぬ松の戸を 式子
たえ〳〵かゝる雪の玉みず 内親王
△岩間とぢし氷(こほり)もけさはとけ初て 西行
こけの下水みちうとむ也
【注 この歌は鎌倉時代前期の公卿、西園寺実氏(さねうじ)の歌。】
【左丁下段】
澪標(みをつくし)
かず
ならで
なに
はの
ことも
かひ
なきに
なに
みを
つく
思ひ し
そめけむ