翻刻
【右丁上段】
夏
△夏の来てたゞ一重成ころもてに 為家
いかてか春を立かへるらん【注①】
△けふはよも花もあらしの夏山に 家隆
青葉ましりのみねのしら雲【注②】
△郭公こゑまつほどはかたをかの 紫
もりのしづくにたちやぬれまし 式部
△五月こは【注③】なきもふりなん時鳥 伊勢
またしきほとの声をきかばや
△玉ぼこの【注④】みち行人のことづても 定家
たへてほとふるさみたれ【注⑤】の空
【注① 『風雅和歌集 巻四』所収の藤原為家の歌「夏きては たゞ一重なる衣手に いかでか春をたち隔つらむ」の歌と思われる。】
【注② 『壬二集』五二一番 藤原家隆の歌「今はよも花もあらしの夏山に青葉ましりの峯の白雲」の歌と思われる。】
【注③ 「そ」に見えるが正しくは「は」で「来(こ)ば=来れば の意。】
【注④ 「道」「里」などにかかる枕詞】
【注⑤ 「し」或は「ら」」に見えるが正しくは「さみだれ(五月雨)。】
【左丁上段】
秋
△秋(あき)きぬと聞より袖に露ぞしる 俊成
ことしも半(なかば)すぎぬとおもへば
△秋のたつ朝け【注①】の衣打つけて 権中
やがて身(み)にしむ風の音かな 納言
△いつもふく同じときはの松風は 為藤
いかなる音に秋をしるらん
△かたへ【片枝】さすおふのうらなし【注②】初秋に 宮内
なりもならずも風ぞみにしむ 卿
△吹(ふき)むすふ風はむかしの秋ながら 小町
ありしにもにぬ袖のつゆかな
【注① 夜明け方】
【注② おふの浦(生浦)でとれる梨。動詞「なる」の序詞として用いられる。「おふの浦」は所在不明。斎の宮の庄といわれる。梨を献じた。】
冬
△冬来てはひと夜(よ)二よを玉(たま)ざゝの 定家
葉(は)わけ【注③】のしもの所せきまで
△音たてゝ木ずへをはらふ山風も 為世
けさよりはげし冬や来ぬらん
△ふゆの来て山もあらはにこのはふり 成茂
のこる松さへみねにさひしき
△さむしろ【注④】の夜半の衣手【袖】さえ〳〵て 式子
初ゆきしろしをのへの松【注⑤】 内親王
△冬こもり思ひかけぬを木(こ)の間より 貫之
花と見るまて雪そふりける
【注③ 「葉分け」=葉と葉のあいだを分ける事。また一枚一枚の葉に配り分けること。笹や竹にいうことが多い。】
【注④ 幅の狭い筵】
【注⑤ 『新古今和歌集』所収の歌には「をかのへの松(丘の辺の松)=丘のあたり」となっている。】
【右丁上段】
【見出し】「身をつくし【源氏香の図】【見出し語の上部左右に飾り鉤かっこを付け、全体を▢で囲む】
此巻は哥をもつて名とせり。
源氏の君明石より帰京(ききやう)の頃の
とし廿八歳の十一月まてのことあり。源氏都へ
召かへされ給ひほどなくもとの位になりさかへ給ふ。
是みな住よしの御ちかひと思召。秋の比住吉
まうでし給ふ。折ふしあかしのうへもおさなくより
秋ことに住吉まうてし給ふに。たかひにまいりあひ。
それとしりて源氏よみてつかはし給ふ御歌に
〽みをつくしこふるしるしにこゝまでもめくりあひ
けるえに【縁】はふかし【深し】な○此心はみをつくしとは。海や河
ふかき所に木をたてゝみを木【澪木(みおぎ)=澪標に同じ】とす。それを見て
舟をのぼせくだす也。たがひに身をつくして思ふ
しるしに。かやうにめくり逢たるは。ふかきえんにて
あるそとの心也。明石のうへかへし〽かすならぬ
なにはのこともかひなきになと身をつくし思ひ
そめけん○此心我身はかすならぬに。かやうに
をよひなき人に思ひそめ。なにことにか身をつくす
そと也。身をつくしのつもじすみてよむへし。
身をつくすといふ心なり。又なにはのことはなに
ことゝいふこゝろなり
【左丁下段】
蓬生(よもぎふ)
たづね
ても
われ
より
とはめ
道(みち)も
なく
ふかき
よもぎが
もと
の心(こゝろ)を