東京学芸大学「学びと遊びの歴史」を翻刻!

コレクション: コレクション 1

女源氏教訓鑑 - 翻刻

女源氏教訓鑑 - ページ 35

ページ: 35

翻刻

【右丁 頭部欄外】 三十六人歌仙 【右丁上段】 ほの〴〵と   明石のうらの 朝 霧(ぎり)に島  がくれ行   舟をしそおもふ 左 柿本人麿(かきのもとひとまろ) 右 紀貫之(きのつらゆき) 桜ちる木(こ)のした 風はさむからで 空(そら)にしられぬ  雪ぞ降(ふり)ける いづくとも春の    光は わかなくに まだ   みよしのゝ 山は雪ふる 左 凡河内躬恒(をふしかうちのみつね) 右 伊勢(いせ) 三輪の山  いかに待みん 尋る 年ふとも 人も   思へ あらじと   は 【左丁上段】     人にしれつゝ をのがありか【注】を       恋に   雉子(きゞす)の妻 春の野にあざる【注】 左 中納言家持(ちうなこんやかもち) 【注 この歌は『万葉集』一四四六番の歌で「あざる」は「あさる」で、「ありか」は「あたり」が正しい。】 右 山部赤人(やまへのあかひと) わかの浦に    塩みち くればかたほ波  あしべをさして     たづ鳴(なき)わたる 左 在原業平朝臣(ありはらのなりひらのあそん) 世中に絶て    桜の なかりせば   春の心は のどけからまし     有けん なでずや かみは    我くろ うば玉の   かゝれとてしも たらちね【「め」とあるところ】は 右 僧正遍照(そうじやうへんぜう) 【右丁中段】 【見出し】「年中行事(ねんぢうきやうじ)」 【以下「月」の上は大きな○。「日」の上はやや小さな○。】 ○正月○元日 一年の上日成ゆへに 上には天地四方 拝(はい) なと品々の御まつり ごとを行(をこな)ひ給ふ下 万 民(みん)に至りては其 礼義(れいぎ)を守りてしめ 引松立わたして 年の安泰(あんたい)を祝ひ 侍る○十日津の国 今宮ゑひす参り ○十九日 八幡厄神(やはたやくしん) 参り○此月初寅 の日は諸人くらまへ詣(まふで) 諸願成就をいのり 帰るさに大福帳を もとめて富貴はん ゑいを祝し侍る ○二月○七日奈 良 薪(たきゞ)の能(のふ)《割書:十四か|まて》同 二月堂水取行法○ 十五日 涅槃会(ねはんゑ)津 【左丁中段】 の国天王寺 舞(ぶ)がく 寺〳〵にねはん像(ざう)かゝる ○廿二日同天王寺 聖霊会(しやうれうゑ)石のぶたい にて伶人(れいじん)の舞(まひ)あり ○当月初午の日は 諸人いなりの神社に まふて侍る是を初 午参りと云 ○三月○三日賀 茂の神事○攝州 住よししほひ参り 貴賤くんじゅ【群集】也○十 日かもの安楽(やすらひ)花(はな)の 祭○十四日 壬生(みぶ)の 念仏同しく狂言(けうげん)始 ○百万べんにて善(ぜん) 導(だう)大師の御忌(きよき)を行 ○十九日嵯峨せいれう 寺しやかの御身ぬぐ ひ○廿一日 東寺(とうじ)仁(にん) 和寺(わじ)高野(かうや)たかを弘法(こうぼう) 大師 御影供(みゑいく)○廿五日 【右丁下段】 【見出し】「よもきふ【源氏香の図】【見出し語の上部左右に飾り鉤かっこ付け全体を▢で囲む】 此巻は歌にも詞にもよも きふとつかね共。よもきとはいは れぬによりてよもきふといふ也。源氏廿八歳の 四月のこと也。前に出たるすへつむ花は源氏を まちくらし給ふに。源氏は須磨の御うつ ろひかれ是にも思し召も出給はすおり ふし卯月の比花ちるさとへおはすとてこの ふる宮のこと思し召いてゝたつね給ふに。末つむ 花のゐ給ふ御住ゐあれはてゝ。庭によもき しけりてつゆふかゝりけるを。うちはらはせて 入給ふとてけんしの御哥に〽たつねてもわれ こそとはめみちもなくふるきよもきがもとの 心を○此心は末つむ花のかくあれたる所に すみ給ふを。よの人はよもとふ人なかるへし。 むかしのちきりのえにしあれは。我のみこそ とふへきそとの心也。よもきかもとの心とは。 よもきは本よりおひいつる草なれは。もと あひなれ給ひたる心。又我こそとはめとよみ 給ふ所もつとも面白(をもしろ)し。のちにはひがしの院と いふ所に置給へり 【左丁下段】   関屋(せきや) あふさかの せきや いか  なる せき  なれ    ば しげき  なげき 中(なか)を の  わくらん