翻刻
【右丁上段】
○逢(あふ)を待(まつ)天の河原(かはら)の川風に 資慶
をばなが袖も舟まねくらし
○契(ちぎ)りこそ一夜といへど浅香(あさか)山 後西院
あさくはあらし世々のほし合
○今宵(こよひ)又 衣(ころも)かたしき彦(ひこ)ぼしの 《割書:|後》水尾院
恋やまさらん宇治(うぢ)のはしひめ
○七夕の身をつくしつゝなには江の 雅量
あしの一夜となどちぎりけん
○今宵(こよひ)逢ほしの契りは長浜(ながはま)の 同
真砂(まさご)をつきぬ秋のかせかも
○絶(たへ)せじなあふ瀬(せ)にわたす鵲(かさゝぎ)の 経慶
よりはの橋(はし)【注】のかけしちぎりは
○けふごとにかすてふ橋はかさゝぎの よみ人
羽(はね)をならぶる契りたえじな しらず
○浅からぬ契りしられて天の川 雅景
あふ瀬にわたすかさゝきの橋
○七夕を思ふに夢のわたりとや 通茂
たどる一夜のかさゝぎのはし
○めぐりあふ二の星やかさゝぎの 雅喬
より羽に契る天のうきはし
【注 「寄羽の橋」=鳥が羽を寄せ合ってかける橋。特に、七月七日の夜、牽牛・織女の二星が相会う時、天の川に鵲(かささぎ)が羽を並べてかけるという橋。】
【右丁下段】
【見出し】「とこなつ【源氏香の図】【見出し語の上部左右に飾り鉤かっこを付け全体を▢で囲む】
此巻は哥と詞をもつて名とする也。
詞にはなてしことあり同し事なり。
源氏三十六歳の夏の事也。玉かつらのすませ給ふ
所をにしのたいといへり。此御かたの庭になてしこの
色〳〵。からのもやまとのもうへわたされ。かきゆひて
咲みたれたるに。夕かほのうへの御ことを思召いたし
給ひてけんしの御哥に〽なてしこのとこなつかしき
色をみはもとのかきねを人やたつねん○此心は
玉かつらをまことの ちゝ君(頭の中将也)にいゝあらはしたらは。必(かならす)
夕か(玉かつらの母)ほのゆくゑをたつね給ふへし。それは源氏の
心にいやに思ふことは うき(夕かほ)めを見給ふゆへ也。なてし
こは子といふ心。とこなつかしきはとこなつをいゝかけ
たる也。玉かつらの歌に〽山かつのかきねにおひし
なてしこのもとのねさしをたれかたつねん○此
哥の心山かつのかきねは玉かつらの母夕かほの事をは
卑下(ひげ)していゝ給ふ也。いままことのちゝにあはせたり共。
なにしにもとのことまてことなかくとひ給ふことは
あるましきほとに。たゝとくたいめんあらせ給へとの心
なるへし。かくの給へはけんじもかゝることをは聞
給ひて。ひとしほ御心くるしきかりけるなり
【左丁上段】
【見出し】「女たしなみ草【見出し語の上部左右に飾り鉤かっこを付け全体を▢で囲む】
△人の前(まへ)にて楊枝(やうじ)をつかひ歯(は)をせゝり舌(した)を
かき。あるひは楊枝をくはへて人に物いひ
又 位(くらゐ)なくして大やうじつかふ事
△茶(ちや)の水を手(て)あしにつかひ又 手水(てふづ)にてあしを
あらひなどし。朝うがひ手水(てふづ)せず髪(かみ)ゆはず
人の前へ出る事
△戸障子(としやうじ)あらくたて明すること并にゑん板(いた)
をあし音(をと)高(たか)くありき。或(あるひ)は手をぬきいれて
人にものいふ事
△貴人(きにん)の御近所(ごきんぢよ)にて高鼻(たかばな)かみ高(たか)ざふたん【雑談】
并に深夜(しんや)の高(たか)ばなしの事
△客(きやく)の手水(てふづ)てぬぐひをみだりにつかひ他(た)のあせ
手(て)ぬぐひにて手をぬぐひ。あるひはあふきを引
ばひ【引き奪い】つかふ事
△をし板 敷居(しきゐ)。いるり【いろり(囲炉裏)に同じ】ぶちへのぼり并に火燵(こたつ)へ
ふかく入る事
△机(つくゑ)にのぼり。あるひは人の書(かく)つくゑにあたり
他(た)の硯(すゞり)そばよりつかふ事
△盤(ばん)のあそひあかりさきにて見る事并におや
かたかましき人にいけんいふ事
【左丁下段】
篝火(かゞりひ)
かゞり
火(ひ)に
たち
そふ
恋(こひ)の
けふり
こそ
よには
たえせぬ
ほのほなる
らん【「なりけれ」とあるところ】