翻刻
【右丁上段】
なるふるまひ夫(をつと)の留主(るす)に若きをのこをよび
あつめ雑談(ざうたん)はなし大わらひ。大ざけのほしゐ
まゝなる。大食のさもしげるり。たばこをのむ
すゝ成に哥(うた)をうたふばし【注①】なる。しばゐずきの
いたづらげ成 朝寐(あさね)のきずい【気随】なる。身持(みもち)のむさく【不潔である】
あじやら【たわむれ】ふかふて腹立(はらたて)よくたん気にていぶり【すねること】
なり。麁相(そさう)にて道具(たうぐ)をわる。手あらふしてかさ
高(だか)なり。物をなぐりてじだらくなる。よくふかく
してまんがち【自分勝手】成しはく【思惑】して義理しらずあだ
くちきいて言葉(ことば)おほく。中ごと【中傷】いひて喧(けん)𠵅(くわ)の
行司(ぎやうし)けんどん【無慈悲】にて愛相うすく。がまんにて物
ねたみ大へいにてじまんなる手ぼめ【自分で自分を褒めること】にして人の物をけなし。かまびすしく人事いひて物を
うらみ。ぶんざいよりよき物をこのみいたらぬ形(なり)
をいたらしたがり。或はぶしやう【不精】只居(たゞゐ)をこのみその
身の顔(かほ)のむさきをもかまはず手足(てあし)の爪(つめ)は毛(け)
鳥(てう)のごとく。まゆは男にひとしくひたいをたれし
事なければ灰猫(はいねこ)のごとく髪(かみ)ゆはず歯黒(はぐろ)せず
貧成(ひんなる)後家(ごけ)の有様(ありさま)笑止(しやうし)なり。かつうはつく夫(をつと)を
のらふにひとし。其外女の身におふぜぬかた
ぬき【肩脱ぎ】ちからわざなど好(この)むやから。此等(これら)のあら
まし女はつゝしみたしなむべきわざなり
【注① 言行が軽はずみで、せっかちで、品のないさま】
【右丁下段】
【見出し】「のわき【源氏香の図】【見出し語の上部左右に飾り鉤かっこを付け全体を▢で囲む】
此巻は詞をもつて名とする
也。源氏三十五歳の八月の
こと也。折しも大風ふきて。物さはかしくかきつる
地ふきたふし。すさましかりしこと也。あきふく
大風をのわきといへり。暴風(のわき)と書也。けんしの御
子夕きりの大将どのいまだ中将にてをはし
ましゝ比。御いとこの姫君雲ゐのかりとよまれし
をふかく御心をかけ給ひて。風のまぎれにあかし
の御はらの姫君のかたへ参り給ひて硯紙(すゝりかみ)こひ
雲(あせちの)ゐのかりへ(大なこんの女かしは木のめい也)御文つかはし給ふ。風のふき折たる
かるかやのえたにつけて。かみはむらさきのうす
やうなり哥に〽風さはきむら雲まよふ【「まがふ」とあるところ】ゆふへ
にもわするゝまなくわすられぬ君○此心は
かやうに野分の風さはかしく。大空にむら雲の
立まよふ夕へにもわするゝまもなし。いはんや
つね物しつかなるころを思し召やり給へとの心也。
此うた何のせんなくきこえたるまゝにてふしもなけれ
とも。うたをよまんにかゝる所に心をつくへき也。
此巻野分といふは巻の詞に野分例の年よりも
おどろ〳〵しくなとあるをもつていへる也
【左丁上段】
【見出し】「緒病之薬方(しよひやうのやくはう)【見出し語の上部左右に飾り鉤かっこを付け全体を▢で囲む】
▲打疵(うちきす)のくすり○夏枯草(かこさう)を口にてかみ
たゞらかし付ればいたみとまりなをる也
▲切疵のくすり○五ばいしをなまにて
くだきかはかし粉(こ)にしてひねりかくれば
血(ち)をとめいたみなくしてゐゆるなり
▲血(ち)とめ薬○にうかう◯ぼれい◯したん
鶏(にはとり)の玉子を打わり白みをさらに入れ日に
ほしてこそげ粉(こ)にし各々 等分(とうぶん)に合付べし
▲頭(つふり)に瘡(かさ)出来うみ血かみの中へながれて
いたむに◯山帰来(さんきらい)をせんじ一 廻(まは)り飲(のむ)べし
▲■(はす)【疒+蓮】根(ね)【注②】の妙薬(めうやく)◯わうばくを粉(こ)にして
さと芋(いも)にすりまぜ◯じや香(かう)少しいれ
はこべの汁(しる)をしぼり入かみの油にてよく
ねりまぜて。其大さほどに紙(かみ)をむしり
あつくのばし付べし。うみすひ出しいやす
▲しらくぼ【注③】は○梅ぼしの実(たね)をさり。松やに
の粉(こ)餅(もち)米の粉右三味 等分(とうぶん)に能(よく)すり
合せよき酢(す)にてときつくべし
【注② 小児の頭部または臀部などにできる一種の瘡(かさ)】
【注③ 「しらくも(白禿瘡)」に同じ。頭の毛のはえる部分にできる、えんどう豆大の白色、灰白色円形の伝染性発疹。軽いかゆみがあり、かくと白い粉が落ちてくる。】
【左丁下段】
御幸(みゆき)
をし
ほ
山(やま)
みゆき
つも
れる
松(まつ)ば
らに
けふ
ばかり
なる
跡(あと)や
なからん