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給ひつる所也太子の御おぢ敏達天皇位(びたつてんわうくらゐ)につき給ふ始(はじ)め
の年正月朔日生れ給ふ其時(そのとき)赤光(あかきひかり)西方よりさして寝殿(しんでん)
にいたる其御身/甚(はなはた)かうばし四月(よかつき)の後(のち)によく物仰(ものおほせ)らるあくる
年の二月十五日の朝(あさ)みづから東(ひかし)に向(むか)ひたなごゝろを合て
南無仏(なむぶつ)と唱(とな)へ給ふ六才の御年/百済国(くたらのくに)より始(はしめ)て僧尼経(そうにきやう)
論(ろん)を持(もち)て渡(わた)れり八年に又/日羅(にちら)といふ人/渡(わた)りて太子を
礼(らい)して申さく敬礼(けうらい)救世(くせ)観世音(くはんせをん)伝燈東方粟散王(でんどうとうばうそくさんわう)とお
がみ奉て光(ひかり)をはなつ太子又/眉間(みけん)よりひかりをはなち
給ふ又/釈迦牟尼如来像弥勒(しやかむにによらいのぞうみろく)の石像(せきぞう)を渡(わた)す大臣蘓我(たいじんそがの)
馬子宿祢仏法(むまこのすくねぶつはう)に帰(き)して太子と心を一(ひとつ)にせり廿一年
【柱】古今巻二 〇二オ