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翻刻
の昔の跡を尋て建永元年にて三月に京極殿にて曲
水ノ宴(えん)を行(おこな)はんとおぼしたちける也/字(じ)の潺演(せんえん)【書陵部本「潺湲」】をながし
住吉の松を引うへなどしてさま〴〵に御いとなみありける
に熊野山/炎上(えんしやう)のきこへ有ければ三日/延(のび)て中の巳(み)
を用られたる例(れい)も有とて十二日さだめられける程に
七日の夜俄に失(うせ)させ給にけり人々の秀句(しうく)むなしく
いへにのこりてこそ侍らめ御歳廿八也おしくかなし
き事也定家卿此事をなげきて家隆卿のもとへ
申つかはしける
昨日まてかけとたのみし桜花
【上欄書入れ】13
【柱】古今巻十三 〇十二