翻刻
【右帖】
六月目には急きかき取て風湿寒暑をしきりにいとひ
蛭(ひる)出て種を生するにいにしへは桑の葉をほして
紙の下にしき其うへにて生せける事蚕は桑の葉を
食とす蛭は桑の香を食とする故也然時は桑ゟ外し
一切のかほりをいむへし誠にたはこは禁物也扨種は有へき
様にうませて其蛭屋敷内戌亥の方に桑を植其
下に穴をほり中に柵([ま]かき)の棚(たな)をゆい上を蓋(をゝつ)てそれへ
捨置へし生とし生るもの皆是天命をうくる也
中にしたる棚は小児の除(よけ)又蟻の難を除ため也上を
おほふは諸鳥の除也天性の儘おのつから滅る時は
【左帖】
立寄て恩徳の念佛を廻向して下の穴へ葬へし
扨又蚕神の祭礼はあま酒を作りて祭へし是聖
徳太子の御教也誠に蚕は名虫也過現未の三世を
あらはあらはし蛭となりて漸愛欲の思ひをなし陰陽(めを)の
契(ちきり)をなす事半日にたらすといへ共人間のために翌年
の種を残す是天のあたゆる契なるへし頗(すこふる)蚕の時ゟ
も人是をいたはりて諸の補をする事天より補瀉温
凉の妙葉をあたふるがごとし養育の次第は父母の
赤子を養に似たり居所を度〳〵作り替て身を休ん
するは孝なる人の親の床をあらたむるかことし蛭
となりても人に手なるゝ事父母の《振り仮名:膚を|はたへを》赤子