東京学芸大学「学びと遊びの歴史」を翻刻!

コレクション: 学校教材発掘プロジェクト 5 江戸名所図会

江戸名所図会 20巻 巻之13 - 翻刻

江戸名所図会 20巻 巻之13 - ページ 13

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【右丁】  菊理姫(くゝりひめ)泉道(よもつち)守者(もりひと)等(とう)三座(さんざ)なり《割書:一宮記(いちのみやきに)曰(いはく)下社は伊弉冊尊(いざなみのみこと)|上社は菊理媛(くゝりひめ)号 白山(はんさん)権現(ごんげん)云々》相伝(あひつたふ)当社(たうしや)は  元和(げんわ)三年の勧請(くわんじやう)なりといへり当社(たうしや)旧(いにしへ)白山(はくさん)御殿(ごてん)の地(ち)にありて氷川(ひかは)  明神(みやうじん)女体宮(によたいのみや)と共(とも)に並(なら)びてありしかども彼地(かしこ)に御殿(ごてん)営作(えいさく)せられ  し頃(ころ)今(いま)の地(ち)へ遷座(せんざ)なし奉(たてまつ)ると也《割書:神社(しんしや)略記(りやくきに)云(いふ)此神(このかみ)旧(いにしへ)白山(はくさん)御殿(ごてん)の地(ち)に鎮座(ちんざ)ありて|其(その)原始(はじめ)尤(もつとも)久(ひさ)し神木(しんぼく)に舩繋松(ふるつなぎまつ)とて無比(むひ)の大樹(たいじゆ)あり》  《割書:しと云々氷川社(ひかはのやしろ)は今(いま)御薬園(おやくゑむ)の西(にし)にあり其(その)条下(でうか)に|詳(つまびらか)なり女体宮(によたいのみや)も今(いま)伝通院(でんつうゐん)の内(うち)にある所(ところ)の弁才天(へんさいてん)是(これ)也》祭礼(さいれい)は九月二十一日なり釣樟(くろもじ)の  歯木(やうじ)と紙(かみ)にて製(せい)する所の弓箭(ゆみや)を以(もつ)て此地(このち)の土産(とさん)とせり  此地(このち)に白山(はくさん)氷川(ひかは)女体(によたい)等(とう)の三神(さんしん)の宮居(みやゐ)ありしとなり《割書:白山(はくさん)権現(ごんげん)の|神木(しんぼく)舩(ふね)つな》  《割書:ぎの松(まつ)も此地(このち)に|存(そん)せりと云》此辺(このあたり)を初音里(はつねりさと)と字(あざな)す里諺(りげん)に江戸(えと)の時鳥(ほとゝぎす)は此地(このところ)  より発声(はつせい)す故(ゆゑ)しか名(な)つくと云 療病院(れうびやうゐん) 同所の西(にし)に並(なら)ぶ養生所(やうじやうしよ)と号(なづ)けらる則(すなはち)古(いにしへ)の療病院(れうびやうゐん)に  比(ひ)せられ鰥寡(くわんくわ)孤独(こどく)貧窮(ひんきう)無頼(むらい)の病人(びやうにん)を救(すく)はせ給はむがため  享保(きやうほ)年間(ねんかん) 官府(くわんふ)より是(これ)を建(たて)させられ寄宿(きしゆく)を許(ゆる)し薬餌(やくじ)を 【左丁 絵図】 猫狸橋(ねこまたはし)