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コレクション: 学校教材発掘プロジェクト 5 江戸名所図会

江戸名所図会 20巻 巻之13 - 翻刻

江戸名所図会 20巻 巻之13 - ページ 33

ページ: 33

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【右丁】  仏舎利(ぶつしやり)《割書:寺僧(じそう)いふ往古(そのかみ)の記録(きろく)には十一 粒(りふ)とあり又 中古(ちゆうこ)目録(もくろく)にはむ|十七 粒(りふ)とあり年月を歴(へ)て分したりとおぼしと云々》 愛宕(あたご)権現(ごんげん)宮 同所 西南(にしみなみ)の林岡(はやしおか)にあり三宝寺(さんほうじ)本尊(ほんそん)の垂迹(すゐしやく)とす其地(そのち)  東西(とうさい)百(ひやく)五十 歩(ほ)南北(なんぼく)百余歩(ひやくよほ)相伝(あひつたふ)太田(おほた)道潅(だうくわん)の城跡(しろあと)なりと土人(とじん)は字(あざな)  して城山(しろやま)と唱(とな)ふ前(まへ)に関川(せきかは)を懐(いだ)き後(うしろ)に遅井(おそのゐ)を負(お)ふ北(きた)に小阜(せうふ)ありて  冨士峰(ふじほう)を望(のぞ)む南(みなみ)の方(かた)数百歩(すひやくわ)を過(すぎ)て直塘(つゝみ)あり道潅(だうくわん)塘(つゝみ)と号(なづ)く土人(とじん)  云(いふ)江城(こうじやう)に至(いた)るの直路(ちかみち)とす云々 氷川(ひかは)明神(みやうしん)祠上下 石神井(しやくじ)二村(にそん)及(およ)び田中(たなか)関谷(せきや)谷原(やはら)等(とう)以上(いじやう)五箇村(ごかむら)の鎮(ちん)  守(しゆ)とす例祭(れいさい)九月十九日なり江戸(えと)芝(しば)の神明宮(しんめいくう)より社人(しやにん)巫女(ふぢよ)等(とう)来(きた)  りて神楽(かくら)を奏(そう)す是(これ)旧例(きうれい)なり又 同(おな)じ廿日にも神事(しんじ)修行(しゆぎやう)せり 三宝寺(さんはうじの)池(いけ) 同所にあり回帯(めぐること)凡(およそ)五百三十 余歩(よほ)中(なか)に一 小嶼(こしま)あり則(すなはち)  池霊(ちれい)弁財天(べんさいてん)の祠(ほこら)を建(た)つ此池(このち)水(すい)冬(ふゆ)温(あたゝか)に夏(なつ)冷(ひやゝか)なり洪水(こうすゐ)に溢(あふ)れず  旱魃(かんはつ)に涸(かれ)ず湯々(たう〳〵)汗々(かん〳〵)として数十村(すしふそん)の耕田(こうてん)を浸漑(しんかい)し下流(かりう)は板橋(いたはし)王(わう)  子(し)の辺(あたり)を廻(めぐ)り荒川(あらかは)に落会(おちあ)へす《割書:古老(こらう)云(いは)く此池(このいけ)数魚(すぎよ)の中(うち)鳥井(とりゐ)の印文(ゐんぶん)ある|ものあり古来(こらい)これを猟(すなど)りて祟(たゝり)を受(うく)るといへり》 【左丁】 照日塚(てるひつか) 《割書:同所にあり嗜老(きらう)相伝(あひつた)ふ当寺(たうじ)開山(かいさん)嘗(かつて)在京(ざいきやう)の頃(ころ)八月十五日夜 雲上(うんしゆう)座外(ざぐわい)に侍(じ)して|発句(ほつく)を奉(たてまつ)る月(つき)はなし照日(てるひ)のまゝの今夜(こよひ)かな 公卿(くけう)雲客(うんかく)賞歎(しやうたん)して》  《割書:叡覧(えいらん)に備(そな)ふ御感(ぎよかん)ありて照日上人の号(がう)を賜(たま)ふと云々|此(この)塚(つか)うたがふらくは照日上人の墓(はか)ならんといへども詳(つまびらか)ならず》 石神井(しやくじの)城(しろ)址 三宝寺(さんほうじ)の池(いけ)の傍(かたはら)にあり其地(そのち)北(きた)に池水(ちすゐ)を帯(お)びたり大手(おほて)と称(しよう)  する辺(あたり)は水田(すゐでん)にして左右(さいあ)に空塹(からわり)の形(かたち)今猶(いまなほ)存(そん)せり文明中(ぶんめいちゆう)豊島氏(としまうぢ)  此(この)城(しろ)に住(すむ)といへり《割書:或人(あるひと)云(いふ)豊島(としま)家譜(かふ)に豊島(としま)三郎(さふらう)兵衛(へうゑ)泰友(やすとも)が子(こ)三郎(さふらう)兵衛(へうゑ)入道(にふたう)泰景(やすかげ)|此城(このしろ)にあり泰景(やすかげ)卒(そつ)するの後(のち)其子(そのこ)幼(をさな)ければ舎弟(しやてい)左近(さこんの)太夫(たいふ)景村(かげむら)兄(あに)》  《割書:の跡(あと)を継(つぎ)て武蔵国(むさしのくに)足立(あたち)多摩(たま)新倉(にゐくら)豊島(としま)五郡(ごぐん)を領(りやう)し石神井(しやくじ)の城(しろ)に住(ぢゆう)する由(よし)ありと依(よつ)て|考(かんが)ふるに景村(かげむら)より勘解由(かげゆ)左衛門(さゑもん)迄(まで)相続(あひつゞ)いて此地(このち)に居城(きよじやう)たりしかども次(つぎ)の練馬(ねりま)の城(しろ)の条(でう)》  《割書:下(か)に載(のせ)たりし如(ごと)く文明(ぶんめい)九年四月十八日 太田(おほた)道潅(だうくわん)の為(ため)に攻落(せめおと)されしより廃城(はいじやう)となりしなる|べし永禄(えいろく)の頃(ころ)は小田原(をたはら)北条家(ほうでうけ)の臣(しん)太田(おほた)新六郎(しんろくらう)石神井(しやくじ)の地(ち)を領(りやう)したる事は北条家(ほうでうけ)の分限帳(ぶんげんちやう)》  《割書:に載(のせ)たり|》    《割書:按(あんする)に石神井(しやくじ)の地(ち)に豊島(としま)山 道成寺(だうじやうじ)といへる寺(てら)あり土人(とじん)伝(つた)へて是(これ)も古城趾(こじやうのあと)なりといふこれに|よればもしくは豊島氏(としまうぢ)の城(しろ)ならんかと思(おも)はる山号(さんがう)又 因(ちなみ)あるに似(に)たり猶(なほ)考(かんが)ふべし》 石神井(しやくじい)明神(みやうじん)祠 石神井村(しやくじむら)にあり三宝院(さんほうゐん)奉祀(ほうし)す神体(しんたい)は一顆(いつくわ)の霊石(れいせき)にして  往昔(そのかみ)井(ゐ)を穿(うがつ)とて其(その)土中(とちゆう)是(これ)を得(え)たりとなり《割書:石質(せきしつ)堅強(けんきやう)にして銕(てつ)の如(ごと)く微(すこ)しく|青(あほ)みを帯(おび)たり長(ながさ)二尺あまり周圍(めぐり)》   《割書:太(ふと)き所(ところ)にて一尺はかり世(よ)に云(いふ)所(ところ)の石剣(せきけん)にして|上代(しやうたい)の古器(こき)雷槌(らいつい)抔(など)いへる類(たぐ)ひなり》依(よつて)石神井(しやくじ)の地名(ちめい)こゝに起(おこ)るといへり 練馬(ねりまの)城趾(しろあと) 上練馬村(かみねりまむら)愛染院(あいぜんゐん)の側(かたはら)にあり豊島氏(としまうぢ)某(それがし)が居城(きよじやう)の地(ち)なり