翻刻
【右丁】
より此塚をのひとめと名つけはへるよし国の人まうし
侍けれは
若草のつまもこもらぬ冬されにやかてもかるゝ野火とめの塚 道興准后
これを過てひさをりといへる里に市はへり 下略
《割書:按(あんする)に昔(むかし)は火田といひて原野に火(ひ)を放(はな)ち草(くさ)を焼(やき)て肥(こやし)とし種(たね)を下(おろ)すを焼畑(やきはた)|ともいひしなり今(いま)秩父郡(ちゝぶこほり)および信州(しんしう)等(とう)に焼苅(やきかり)蕎麦(そば)といふものあるは則(すなはち)是(これ)》
《割書:なりされど其火(そのひ)の盛(さかん)なるに至(いた)りて人家(じんか)におよぼさん事の恐(おそれ)あれば堤(つゝみ)又は塚(つか)|などを築(きづ)きて其(その)野火(のひ)を遮(さへぎ)り止(とむ)る料(りやう)とする故(ゆゑ)に野火止(のひとめ)の名(な)あるならん今 平(へい)》
《割書:林寺(りんじ)境内(けいだい)に九十九塚(つくもつか)業平塚(なりひらつか)など称(しよう)するものあるも同(おな)したぐひなるべし|かゝる号(がう)を唱(とな)ふるは伊勢(いせ)物語(ものかたり)に因(よ)りて後人(こうじん)のまうけたりしにやあらん》
金鳳山(きんほうさん)平林(へいりん)禅寺(ぜんじ) 養心院(やうしんゐん)と号(がうす)野火留(のひとめ)街道(かいだう)より八町 程(ほど)東(ひがし)にあり花洛(くわらく)
妙心寺派(めうしんじは)の禅林(ぜんりん)なり《割書:古(いにしへ)は大徳寺(たいとくじ)|派(は)なりと云》開山(かいさん)は石室(せきしつ)善玖(ぜんきう)大和尚(たいおしやう)《割書:石碑(せきひ)に唐国(もろこし)保(ほう)|寧(ねい)古林茂(こりんも)和尚(おしやう)》
《割書:の法嗣(ほふし)康応(かうおう)元年己巳|九月二十五日 示寂(じしやくす)云》中興(ちゆうこう)は雪堂(せつだう)大和尚(たいおしやう)と号(がう)す《割書:元和九年|九月二日 寂(じやくす)》其先(そのせん)同国
足立郡(あたちこほり)岩附(いはつき)にありしを寛文(くわんぶん)三年《割書:石院(せきゐん)和尚(おしやう)|住山(ちゆうさん)の時(とき)》此地(このち)に移(うつ)すと云
《割書:旧地(きうち)は岩附(いはつき)にあり今(いま)金重村(かなしげむら)及(およ)び|平林寺邑(へいりんじむら)抔(など)唱(とな)ふる地(ち)これなり》寮舎(りやうしや)四 宇(う)あり
仏殿(ぶつでん) 本尊(ほんそん)釈迦(しやか)如来(によらい)《割書:此(この)仏殿(ぶつてん)は岩附(いはつき)より|迁(うつ)し建(たつ)るといふ》
山門(さんもん)《割書:仏殿(ぶつでん)の前(まへ)にあり樓上(ろうしやう)に十六(しふろく)阿羅漢(あらかん)の木像(もくさう)を置(おき)たり|此(この)山門(さんもん)は岩附(いはつき)にありしを其侭(そのまゝ)に迁(うつ)し建(たつ)ると云(いふ)》
【左丁 絵図】
平林寺(へいりんし)
大門(たいもん)