翻刻
【右丁】
之其曰我明高皇帝之有天下赤手開天創成一
統昭々大業足誇古今一力返正功徳至辟異数
之乱中夏而成乎中夏之有人尽返中夏之有土
極乎成天下之盛徳明高皇帝其至尊焉#1人倫明
於上軒冕御乎體衣冠復乎制礼楽成乎用教化
被乎有土顧斯民成出深沈之永夜見四際之高
天若是重闢鴻#1濛豈不曰大明日月哉於斯世也
突忽有妖耶云姚広孝者以獣変僧現形当世敢
与高皇四子燕王合謀力推元命之綂若曰僧也
身与世法事不相親若曰理也至当明徳光天照
地中起作妖彗乱斯租作孫承一統元明行奉燕
藩大創妄挙背義無端逆天無厭殺命無窮挾長
挾勢子斬父孫弟亡兄愛#1而奉天承運以詔天下
哉只此四字大概万世横逆愆光#1矣確乎哉侃々
之言非一己之私憤乃天下之公論也鳴#1呼師也
遭時乱亡不苟安於其地而耻復屈身其後竟以
踏海終以方外其秋介卓絶之風歴千古而不磨
如師所謂功名事業不少概見而其高情逸想播
於声詩者後世能言之士皆自以為莫能及也者
否耶信可推而仰焉凡読斯文能無一慨原以歆
慕之誠方欲仰乞在朝鉅公名山碩徳雄文雅篇
用光吾師遺事以勤之或勧之曰奚不自勉而他
為岱固謂不安矣然求之弗克寧将自力乃拠生
平所親炙徴其心事照然者不忍避文之繁恭志
陳趾因作銘曰
身非漢使誓不生還出処惟義僃嘗険囏朱家
【左丁】
多士弄矢河山清宵撫髀践跡重関豈道仏性
顢頇其顔𦖒爾遺範後人追挙天開武蔵沃埜
遥環金鳳攸止碧水潺湲
享保三秊#2戊戌四月穀旦
弟子高松季江直芙等拝建
当寺(たうじ)の境内(けいだい)を周流(しうりう)する所(ところ)の水(みづ)は承応(じやうおう)元年 野火留(のひとめ)新田(しんてん)墾闢(こんへき)の
時(とき)伊豆守(いづのかみ)松平(まつたいら)信綱(のぶつなの)朝臣(あそん)二里余(にりあま)り南(みなみ)の方 小川村(をかはむら)の地(ち)より
多磨川(たまかは)の水(みつ)を分(わけ)てこゝに引(ひか)しむるとなり《割書:野火留(のひとめ)用水を宗岡(むねをか)に引(ひか)るゝ|事は秋元侯(あきもとこう)川越(かはこえ)を領(りやう)せらるゝ》
《割書:頃(ころ)の事にて明暦(めいれき)より|四十年 斗(はかり)後(のち)の事なり》
安松山(あんしやうさん)長源(ちやうげん)禅寺(ぜんじ)同し西(にし)の方(かた)安松村(やすまつむら)にあり洞家(とうけ)の禅林(ぜんりん)にして八王(はちわう)
子(じ)の乾晨寺(けんしんじ)に属(ぞく)せり開山(かいさん)は傑用(けつよう)禅師(ぜんじ)徳英(とくえい)大和尚(だいおしやう)と号(がう)す《割書:元亀(げんき)|三年》
《割書:壬申七月|二十五日 寂(じやく)す》開基(かいき)を英岩(えいがん)道春(だうしゆん)居士(こじ)と称(しよう)せり《割書:当寺(たうじ)元禄(げんろく)年間(ねんかん)製(せい)する所(ところ)の鐘(かね)の|銘(めい)に長源(ちやうげん)禅寺(ぜんじ)は傑用(けつよう)禅師(ぜんじ)開闢(かいひやく)の》
《割書:精舎(しやうしや)にして大石(おほいし)道春公(だうしゆんこう)の草創(さう〳〵)なりとあり然(しか)れども大石氏(おほいしうち)|没卒(ぼつそつ)の年月 忌日(きにち)を詳(つまひらか)にせず猶(なほ)永源寺(えいげんじ)の条下(でうか)を合(あは)せみるべし》本尊(ほんそん)釈迦(しやか)如来(によらい)は
座像(ざざう)七八寸 計(ばかり)の木仏(もくぶつ)なり《割書:作者(さくしや)詳(つまびらか)|ならず》当寺(たうじ)に北条(ほうでう)氏照(うぢてる)の霊牌(れいはい)と称(しよう)