翻刻
【右丁】
称(しよう)し奉る源(みなもとの)義家(よしいへ)朝臣(あそん)奥州(あうしう)の朝敵(てうてき)追討(つゐばつ)の時(とき)も宿願(しゆくぐわん)によつて
惣社(そうしや)建立(こんりふ)あり其後(そのゝち)建久(けんきう)六年乙卯九月十九日 源(みなもとの)頼朝卿(よりともきやう)正(しやう)
八幡宮(はちまんくう)一 宇(う)を勧請(くわんじやう)ありてすべて本宮(ほんくう)九 社(しや)共(とも)に修造(しゆざう)せられ
社領(しやりやう)二百(にひやく)貫文(くわんもん)の地(ち)を寄附(きて)し給ふ《割書:此時(このとき)式内(しきない)の諸神(しよしん)勧請(くわんしやうの)神宮(しんくう)と|称(しよう)す先(さき)の大宮司(たいくうし)上毛野(かみつけの)元重(もとしげ)の時(とき)までは》
《割書:領地(りやうち)二千貫文ありしかばすべて|二千二百貫 給(たま)はるとなり》時(とき)に建武(けんむ)延元(えんげん)の争戦(さうせん)に社頭(しやとう)兵燹(ひやうせん)に罹(かゝ)り
夫(それ)より後(のち)大(おほい)に荒廃(くわうはい)せり然(しかる)に延文(えむぶん)元年丙申 尊氏(たかうぢ)将軍(しやうぐん)諸社(しよしや)を
建立(こんりふ)し給ひしが又 応仁(おうにん)の火(ひ)に破(やぶ)られたり天正(てんしやう)十八年庚寅 加州(かしう)の
大守(たいしゆ)利家卿(としいへきやう)再興(さいこう)あり殊(こと)に忝(かたじけなく)も 御当家(ごたいけ)に於(おい)て御崇敬(ごそうけい)の
余(あま)り社領(しやりやう)を添(そへ)させられ慶長(けいちやう)十三年戊申 御造営(ござうえい)あり《割書:大久保(おほくぼ)|石見守(いはみかみ)》
《割書:是(これ)を司(つかさ)とる|となり》しかありしより武門(ぶもん)擁護(おうご)の御祈祷(ごきとう)怠(おこた)る事なし
《割書:慶安(けいあん)二年にも又四十二石の|社領(しやりやう)を増(まさ)しめらる》
源(みなもとの)氏満(うぢみつ)証状(しやうじやう)一通(いつつう)《割書:社司(しやし)栗原氏(くりはらうぢ)の家(いへ)に蔵(さう)す|其(その)文(ぶん)左(さ)のごとし》
寄進 武蔵国北野天《割書:虫食|》
【左丁】
同国山口郷内北野宮殿《割書:虫食|》
幷田畠在家《割書:虫食|在別紙虫食》
右任先例致沙汰可神事之状如件
応永四年八月廿五日
左兵衛督源「虫食」【枠囲い】在判
《割書:按(あんする)に此(この)古文書(こもんしよ)源(みなもとの)氏満(うぢみつ)なり虫食(むしはみ)て其(その)名(な)しるべからずといへども其(その)花押(くわあふ)を以(もつ)て|考(かんが)ふるに花押藪(くわあふそう)に出(いづ)る所の氏満(うぢみつ)の判(はん)疑(うたが)ふべからず》
大石(おほいし)源左衛門(げんさゑもん)古文書(こもんしよ)《割書:同(おな)し家(いへ)に蔵(さう)す|其(その)文(ぶん)左(さ)の如(ごと)し》
北野宮神主職之事如前之可被勤之
条得其意候恐々謹言
天文十一年二月十五日 道俊在判
北野宮
神主殿
《割書:按(あんする)に道俊(みちとし)は大石(おほいし)源左衛門(げんさゑもん)が事なり粂村(くめむら)の永源寺(えいげんじ)及(およ)び安松(やすまつ)の長源寺(ちやうげんじ)の条下(でうか)に|大石(おほいし)源左衛門(げんさゑもん)の事を詳(つまひらか)にす此 二通(につう)の外(ほか)に小田原(をたはら)北条家(ほうでうけ)の朱章(しゆしやう)あり其(その)文(ぶん)は》
《割書:こゝに略(りやく)せり|》