東京学芸大学「学びと遊びの歴史」を翻刻!

コレクション: 学校教材発掘プロジェクト 5 江戸名所図会

江戸名所図会 20巻 巻之13 - 翻刻

江戸名所図会 20巻 巻之13 - ページ 56

ページ: 56

翻刻

【右丁】  称(しよう)し奉る源(みなもとの)義家(よしいへ)朝臣(あそん)奥州(あうしう)の朝敵(てうてき)追討(つゐばつ)の時(とき)も宿願(しゆくぐわん)によつて  惣社(そうしや)建立(こんりふ)あり其後(そのゝち)建久(けんきう)六年乙卯九月十九日 源(みなもとの)頼朝卿(よりともきやう)正(しやう)  八幡宮(はちまんくう)一 宇(う)を勧請(くわんじやう)ありてすべて本宮(ほんくう)九 社(しや)共(とも)に修造(しゆざう)せられ  社領(しやりやう)二百(にひやく)貫文(くわんもん)の地(ち)を寄附(きて)し給ふ《割書:此時(このとき)式内(しきない)の諸神(しよしん)勧請(くわんしやうの)神宮(しんくう)と|称(しよう)す先(さき)の大宮司(たいくうし)上毛野(かみつけの)元重(もとしげ)の時(とき)までは》  《割書:領地(りやうち)二千貫文ありしかばすべて|二千二百貫 給(たま)はるとなり》時(とき)に建武(けんむ)延元(えんげん)の争戦(さうせん)に社頭(しやとう)兵燹(ひやうせん)に罹(かゝ)り  夫(それ)より後(のち)大(おほい)に荒廃(くわうはい)せり然(しかる)に延文(えむぶん)元年丙申 尊氏(たかうぢ)将軍(しやうぐん)諸社(しよしや)を  建立(こんりふ)し給ひしが又 応仁(おうにん)の火(ひ)に破(やぶ)られたり天正(てんしやう)十八年庚寅 加州(かしう)の  大守(たいしゆ)利家卿(としいへきやう)再興(さいこう)あり殊(こと)に忝(かたじけなく)も 御当家(ごたいけ)に於(おい)て御崇敬(ごそうけい)の  余(あま)り社領(しやりやう)を添(そへ)させられ慶長(けいちやう)十三年戊申 御造営(ござうえい)あり《割書:大久保(おほくぼ)|石見守(いはみかみ)》  《割書:是(これ)を司(つかさ)とる|となり》しかありしより武門(ぶもん)擁護(おうご)の御祈祷(ごきとう)怠(おこた)る事なし  《割書:慶安(けいあん)二年にも又四十二石の|社領(しやりやう)を増(まさ)しめらる》  源(みなもとの)氏満(うぢみつ)証状(しやうじやう)一通(いつつう)《割書:社司(しやし)栗原氏(くりはらうぢ)の家(いへ)に蔵(さう)す|其(その)文(ぶん)左(さ)のごとし》      寄進 武蔵国北野天《割書:虫食|》 【左丁】       同国山口郷内北野宮殿《割書:虫食|》       幷田畠在家《割書:虫食|在別紙虫食》     右任先例致沙汰可神事之状如件     応永四年八月廿五日               左兵衛督源「虫食」【枠囲い】在判    《割書:按(あんする)に此(この)古文書(こもんしよ)源(みなもとの)氏満(うぢみつ)なり虫食(むしはみ)て其(その)名(な)しるべからずといへども其(その)花押(くわあふ)を以(もつ)て|考(かんが)ふるに花押藪(くわあふそう)に出(いづ)る所の氏満(うぢみつ)の判(はん)疑(うたが)ふべからず》   大石(おほいし)源左衛門(げんさゑもん)古文書(こもんしよ)《割書:同(おな)し家(いへ)に蔵(さう)す|其(その)文(ぶん)左(さ)の如(ごと)し》   北野宮神主職之事如前之可被勤之   条得其意候恐々謹言    天文十一年二月十五日   道俊在判      北野宮        神主殿    《割書:按(あんする)に道俊(みちとし)は大石(おほいし)源左衛門(げんさゑもん)が事なり粂村(くめむら)の永源寺(えいげんじ)及(およ)び安松(やすまつ)の長源寺(ちやうげんじ)の条下(でうか)に|大石(おほいし)源左衛門(げんさゑもん)の事を詳(つまひらか)にす此 二通(につう)の外(ほか)に小田原(をたはら)北条家(ほうでうけ)の朱章(しゆしやう)あり其(その)文(ぶん)は》  《割書:こゝに略(りやく)せり|》