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コレクション: 学校教材発掘プロジェクト 5 江戸名所図会

江戸名所図会 20巻 巻之13 - 翻刻

江戸名所図会 20巻 巻之13 - ページ 57

ページ: 57

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【右丁】 小手差原(こてさしはら) 北野(きたの)神社(しんしや)より西北(にしきた)の方十三四町を隔(へだ)てゝ河越(かはこえ)入間川(いるまかは)等(とう)の辺(あたり)  すべて小手指原(こてさしはら)と号(がう)せり《割書:豊島郡(としまこほり)下練馬村(しもねりまむら)に小手差原(こてさしはら)の旧地(きうち)残(のこ)れる由(よし)|其(その)土人(とじん)云伝(いひつた)ふといへども証(しよう)となしかたし新井(あらゐ)白石(はくせき)先生(せんせい)》  《割書:云(いは)く小手差原(こてさしはら)は北野(きたの)物部(ものゝべ)天神社(てんしんのやしろ)より西北(にしきた)の方六七里四方の地(ち)をいふと今(いま)は墾田(こんでん)となり|纔(わづか)に七百 余(よ)石の地(ち)となれるといふ云々》  《割書:新葉集|   むさしの国(くに)へ打越(うちこえ)て小手差原(こてさしはら)といふ所(ところ)におりゐて》    《割書:手分(てわけ)なとし侍(はべ)りし時(とき)勇(いさみ)あるへき由(よし)つはものともにめし|おほせはへりしついてに思(おも)ひつゝけはへりし》    君の為世のため何かをしからむ捨てすひある命なりせは 《割書:中務卿| 宗良親王》  太平記(たいへいきに)曰(いはく)正平(しやうへい)七年《割書:北朝(ほくてう)の文和(ふんわ)|紀元(きげん)也》閏(うるふ)二月二十日の辰(たつ)の刻(こく)に武蔵野(むさしの)  の小手差原(こてさしはら)へ打臨(うちのぞみ)給ふ一方の大将(たいしやう)には新田(につた)武蔵守(むさしのかみ)義宗(よしむね)五万余(ごまんよ)  騎(き)を五手に分(わか)ち一方には新田(につた)左兵衛佐(さひやうゑのすけ)義興(よしおき)を大将(たいしやう)にて其(その)勢(せい)都合(つがう)  二万(にまん)余騎(よき)是(これ)も五箇所(ごかしよ)に陣(ぢん)を張(はり)敵(てき)小手差原(こてさしはら)にありと聞(きこ)えければ  将軍(しやうぐん)十万(しふまん)余騎(よき)を五手に分(わかち)て中道(なかみち)よりぞ寄(よせ)られける去程(さるほど)に新田(につた)  足利(あしかゞ)両家(りやうけ)の軍勢(くんぜい)二十万騎(にしふまんき)小手差原(こてさしはら)に打臨(うちのぞみ)敵(てき)三声(みこゑ)時(とき)を作(つく)れば 【左丁】  御方(みかた)も三度(さんと)時(とき)の声(こゑ)を合(あは)す上(かみ)は三十三天(さんしふさんてん)迄(まで)も響(ひゞ)き下(した)は金輪際(こんりんざい)迄(まで)も  聞(きこ)ゆらんと震(おびたゝ)し《割書:中|略》饗庭(あへば)の命鶴(みやうつる)生年十八歳 容貌(ようばう)無雙(ぶさう)の児(ちご)  なるが今日 花一揆(はないつき)の大将(たいしやう)なれば殊更(ことさら)花(はな)を以て出(いで)立花(たちはな)一揆(いつき)真先(まつさき)  に懸出(かけいで)たり児玉党(こたまたう)七千(しちせん)余騎(よき)と戦(たゝか)ひ揉立(もみたて)られ一返も返(かへ)さず  はつと引程(ひくほど)こそ有(あり)けれ将軍(しやうぐん)の十万(しふまん)余騎(よき)混引(ひたひき)に引立(ひきたて)て曽(かつ)て  後(うしろ)を顧(かへりみ)ず武蔵守(むさしのかみ)義宗(よしむね)旗(はた)より先(さき)に進(すゝ)むて天下(てんか)の為(ため)には  朝敵(てうてき)なり我(わが)為(ため)には親(おや)の敵(かたき)也 只今(たゞいま)尊氏(たかうぢ)が頸(くび)を取(とつ)て軍門(ぐんもん)に曝(さら)さず  むば何(いつ)の時(とき)をか期(ご)すべきとて自余(じよ)の敵共(てきとも)南北(なんぼく)へ分(わか)れて引(ひく)をば  少(すこ)しも目(め)にかけず只(たゞ)二引両(ふたつひき)の大旗(おほはた)の引(ひく)に付(つい)て何(いづ)く迄(まで)もと追蒐(おひかけ)たまふ  引(ひく)も䇿(むち)を挙(あげ)追(おふ)も足(あし)を出(いだ)せば小手差原(ことさしはら)より石浜(いしはま)まで坂東道(ばんとうみち)已(すで)に  四十六 里(り)を片時(へんし)が間にぞ追付(えひつき)たる将軍(しやうぐん)石浜(いしはま)を打渡(うちわたり)給ひける時(とき)《割書:中|略》  近習(きんじゆ)の侍共(さふらひとも)二十 余騎(よき)返(かへ)し合(あは)せて追蒐(おつかくる)敵(てき)の河中(かはなか)迄(まで)渡懸(わたりかけ)たると  引組(ひきくみ)々々 討死(うちしに)しける其間(そのあひだ)に将軍(しやうぐん)急(きう)を遁(のが)れ向(むかふ)の岸(きし)へかけ上り給ふ