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コレクション: 学校教材発掘プロジェクト 5 江戸名所図会

江戸名所図会 20巻 巻之13 - 翻刻

江戸名所図会 20巻 巻之13 - ページ 58

ページ: 58

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【右丁】  落行(おちゆく)敵(てき)は三万(さんまん)余騎(よき)追蒐(おつかく)る敵(てき)は五 百(ひやく)余騎(よき)河(かは)の向(むかふ)の岸(きし)高(たか)く屏(べう)  風(ぶ)を立(たて)たるが如(ごと)くなるに数万騎(すまんき)の敵(てき)返(かへ)し合(あは)せて此(こゝ)を先途(せんと)と支(さゝへ)  たり日(ひ)已(すで)に酉(とり)の下(さが)りに成(なり)て河(かは)の淵瀬(ふちせ)も見(み)え分(わか)ず新田(につた)武蔵守(むさしのかみ)義(よし)  宗(むね)続(つゞ)いて渡(わた)すにおよばず跡(あと)より続(つゞ)く御方(みかた)はなし安(やす)からぬ者(もの)哉(かな)と  牙(きば)を嚼(かみ)て本陣(ほんぢん)へと引返(ひきかへ)さる新田(につた)武蔵守(むさしのかみ)将軍(しやうぐん)をば討漏(うちもら)しぬ今日(けふ)は  日(ひ)已(すで)に暮(くれ)ぬれば勢(せい)を集(あつめ)て明日(あす)石浜(いしはま)へ寄(よせ)むとて小手差原(こてさしはら)へ打帰(うつかへ)る  兵衛佐殿(ひやうゑのすけとの)何所(いづこ)にか控(ひか)へ給ひぬると行合(ゆきあ)ふ兵共(へいとも)に問(とひ)給へば兵衛佐殿(ひやうゑのすけとの)と  脇屋殿(わきやとの)とは一所(いつしよ)に控(ひか)へて御 渡(わた)り候(さふらひ)つるが仁木殿(につきとの)に打負(うちまけ)て東(ひがし)の方(かた)へ  落(おち)させ給ひ候(さふら)へる也とぞ答(こたへ)けるさて爰(こゝ)に見(み)えたる笧(かゞり)は敵(てき)欤(か)御方(みかた)  欤(か)と問(とひ)給へば此辺(このあたり)に御方(みかた)は一騎(いつき)も候まじ是(これ)は仁木殿(につきとの)兄弟(きやうだい)の勢(せい)欤 白(しら)  旗(はた)一揆(いつき)の者共(ものとも)が焼(たき)たる笧(かゞり)にてぞ候らん小勢(こせい)にて此辺(このあたり)に御座(ござ)候はん  事は如何(いかゞ)と覚(おぼ)え候へば夜(よ)に紛(まぎ)れて笛吹峠(うすひとうげ)の方へ打越(うつこえ)させ給ひ候て  越後(えちご)信濃勢(しなのゝせい)を待(まち)調(そろ)へられ重(かさね)て御 合戦(かつせん)候かしと申ければ武蔵守(むさしのかみ) 【左丁】  暫(しばらく)思案(しあん)してげにも此義(このぎ)然(しか)るべしとて《振り仮名:笛吹|うすひの|ふえふき》峠(とうげ)はいづこぞと問(とふ)て夜中(やちゆう)に  落(おち)給ふ云云《割書:以上 其(その)要(えう)|を摘(つ)む》  《割書:太平記(たいへいき)に新田(につた)義宗(よしむね)朝臣(あそん)尊氏(たかうぢ)将軍(しやうぐん)を追(おひ)て小手差原(こてさしはら)より石浜(いしはま)迄(まで)坂東道(ばんとうみち)四十六里を片(へん)|時(し)が間(あひだ)に追付(おひつき)たりとあるは隅田川(すみたかは)の石浜(いしはま)にあらずして多麻川(たまかは)の浜日野(はまひの)の津(つ)より川上》  《割書:牛浜(うしはま)と唱(とな)ふる地(ち)其(その)旧地(きうち)なる由(よし)土人(とじん)云伝(いひつた)ふ依(よつて)按(あんする)に牛浜(うしはま)の地(ち)より多麻川(たまかは)を隔(へだ)てゝ向(むか)ふの|方(かた)西南(よしみなみ)の地(ち)を二(に)の宮(みや)と号(なつ)く絶壁(ぜつへき)にして太平記(たいへいき)に河(かは)の向(むかふ)の岸(きし)高(たか)く屏風(べうぶ)を立(たて)たるが如(ごと)し》  《割書:といふに地勢(ちせい)相(あひ)かなへり又 同書(おなじふみ)に笛吹峠竿吹峠とも書(かき)て宇須伊(うすい)と訓(くん)し上野(かみつけ)と信濃(しなの)との|国界(くにさかい)とするは記者(きしや)の誤(あやまり)ならむ当国(たうこく)比企郡(ひきこほり)将軍(しやうぐん)沢村(さはむら)といふ地(ち)は古田村(いにしこむら)将軍(しやうくん)東征(とうせい)の時(とき)》  《割書:陣営(ぢんえい)を布(しき)給ひし旧跡(きうせき)にして土人(とじん)其地(そのち)を封(ふう)して叢祠(さうし)を営(いとな)み将軍(しやうぐん)大権現(たいごんげん)と崇(あが)めたり|かしこは入間川(いるまかは)の辺(あたり)より上州(じやうしう)への通路(つうろ)にして今市宿(いまいちしゆく)といへるより西北(にしきた)にあたり其(その)将軍(しやうぐん)》  《割書:沢(さは)を前(まへ)に当(あて)て笛吹峠(うすひとうげ)と号(がう)する山坡(とうけ)あり義貞(よしさだ)朝臣(あそん)分倍(ぶんばい)の軍(いくさ)破(やぶ)れて粂川(くめかは)へ勢(せい)を移(うつ)し|ふたゝび入間川(いるまかは)へ陣(ぢん)を引(ひか)れ其夜(そのよ)笛吹峠(うすひとうげ)へ落行(おちゆき)給ふよししるせしは上州(ぢやうしう)信州(しんしう)の国境(くにさかい)には》  《割書:あらざるべし上信の国境(くにさかい)は行程(かうてい)二十里にあまり其(その)夜中(やちゆう)容易(よういに)至(いた)るべきにあらず入間川(いるまかは)より|此(この)峠(とうげ)迄(まで)四里あまりありて其(その)夜中(やちゆう)にも至(いた)りつべしと思(おも)はる》 山口(やまくち)観音堂(くわんおんだう) 北野村(きたのむら)より西南(にしみなみ)の方 半道(はんみち)ばかりを隔(へだて)て新堀村(にゐほりむら)にあり《割書:狭山(さやま)|の北(きた)》  《割書:の方 入間郡(いるまこほり)に接(せつ)する地(ち)の惣名(そうみやう)を山口(やまくち)と号(かうす)|土俗(とぞく)云(いふ)此地(このち)は山口(やまぐち)平内(へいない)左衛門(さゑもん)と云(いひ)し人の城跡(しろあと)なりと》吾菴山(ごあんさん)金乗院(こんじやうゐん)真光寺(しんくわうじ)と号(がうす)真言(しんごん)  宗(しう)江戸(えと)大塚(おほつか)護国寺(ごこくじ)に属(ぞく)せり弘法(こうばふ)大師(だいし)を以て開祖(かいそ)と称(しよう)す  本堂(ほんだう)本尊(ほんそん)千手(せんしゆ)観音(くわんおん)《割書:立像(りふざう)二尺三寸あり|行基(ぎやうた)大士(たいし)の作(さく)あり》脇士(けふし)多聞天(たもんてん)不動(ふどう)明王(みやうわう)《割書:両像(りやうざう)|共(とも)に》  《割書:三尺 斗(ばかり)ありて行基(ぎやうぎ)大士(だいし)の作(さく)なりとも|或(あるひ)は同 大士(たいし)感得(かんとく)の霊像(れいざう)ともいふ》