翻刻
【右丁】
《割書:回録(くわいろく)の時(とき)当寺(たうじ)に入(いり)て焼死(しやうし)する所(ところ)の男女(なんによ)八十 余人(よにん)の|墓所(はかしよ)なり一 堆(たい)の塚(つか)となし上(うへ)に堂(だう)を建(たて)て称名(しょうみやう)の音(こゑ)を絶(たえ)ざらしむ》無声(むせいの)蛙(かはづ)《割書:里諺(りげん)にいふ開山(かいさん)上人|勧学(くわんかく)のさまたげ》
《割書:なりとて封(ふう)しこめられしより後(のち)|当寺(たうじ)の蛙(かはつ)に声(こゑ)なしといへり》開山伝(かいさんでんに)曰(いはく)釈(しやくの)聖冏(しやうけい)字(あざな)は酉蓮社(いあれんしや)了誉(れいよ)と
号(がう)す姓(せい)は源氏(げんじ)常州(しやうしう)久慈郡(くしこほり)岩瀬(いはせ)の城主(じやうしゆ)佐竹氏(さたけうぢ)の花族(くわぞく)白吉(しらき)
志摩守(しまのかみ)義満(よしみつ)の子(こ)なり《割書:満(みつ)或(あるい)は光(みつ)に作(つく)る父母(ふぼ)岩瀬(いはせ)明神(みやうしん)に祈求(ききう)して暦応(りやくおう)|四年辛巳正月二十五日 出生(しゆつしやう)す後(のち)瓜連(ふりつら)の常福寺(じやうふくじ)》
《割書:十八世 真誉(しんよ)上人 其(その)誕生(たんしやう)の地(ち)に|草堂(さうたう)を闢(ひら)き誕生寺(たんしやうじ)と号(なづ)く》五 歳(さい)のとき父(ちゝ)義満(よしみつ)戦死(せんし)す采邑(さいいう)は敵(てき)の
為(ため)に奪(うば)はれ資材(しさい)は賊(ぞく)の為(ため)に掠(かす)めらる故(ゆゑ)に母子(ぼし)山(やま)に隠(かく)れ落魄(らくはく)
して寒暑(かんしよ)を歴(ふ)る事(こと)既(すで)に三年 其後(そのご)其(その)母(はゝ)此児(このちご)をして父(ちゝ)の菩提(ぼだい)の
為(ため)瓜連(ふりつら)の草地山(さうちさん)常福寺(じやうふくじ)の了実(れうじつ)上人に投(とう)して薙染(ちせん)せしむ《割書:時(とき)|に》
《割書:年八歳 聖(しやう)|冏(けい)と号(なづ)く》天性(ひとゝなり)聡睿(そうえい)にして一聞(いちぶん)十悟(しふご)を十 歳(さい)にして始(はじめ)て学(かく)を試(こゝろ)む
るに速(すみやか)に通習(つうしふ)せり十一 歳(さい)にして博(ひろ)く百家(ひやくか)内外(ないげ)の書藉(しよじやく)を自見(じけん)す
嘗(かつ)て蓮勝師(れんしようし)に謁(えつ)して浄土(じやうど)三国(さんこく)伝来(でんらい)譜脈(ふみやく)の幽妙(いうめう)を口授(くじゆ)心(しん)
伝(てん)す又 相州(さうしう)桑原(くははら)の定慧(ぢようゑ)上人の居(きよ)を訪(と)ひ坐外(ざぐわい)に寓(ぐう)して修(しゆ)
学(かく)す竟(つひ)に白旗(はうした)一派(いつは)の宗義(しうぎ)咸(こと〴〵)く伝法(てんはう)授戒(じゆかい)し宗(しう)を弘(ひろ)むる事(こと)四五
【左丁】
箇年《割書:白旗(しらはた)は寂恵(じやくゑ)上人所住の|地(ち)の名(な)なり以て宗名(しうめい)とす》道俗化(だうぞくくわ)を蒙(かうむ)る者 甚(はなはだ)多(おほ)し師(し)《割書:年四|十六》常陽(ぢやうやう)に
還(かへ)る時(とき)実師(じつし)齢(よはひ)已(すで)に八旬(はつじゆん)則(すなはち)冏師(けいし)をして常福(じやうふく)に主(しゆ)たらしむ《割書:年七|十五》
又 応永(おうえい)二十二年乙未のとし武州(ぶしう)小石川(こいしかは)の畔(くろ)に閑地(かんち)を卜(ぼく)して
一宇(いちう)を営修(えいしゆ)す《割書:今(いま)の伝通院(でんつうゐん)|の権輿(はじめ)なり》傍(かたはら)に清泉(せいせん)あり《割書:今の極楽水(ごくらくみづ)|宗慶寺(そうけいじ)也》則(すなはち)元祖(ぐわんそ)の旧(きう)
跡(せき)に準擬(じゆんぎ)してその水(みづ)を吉永と号(がう)す師(し)無量山(むりやうさん)に住(ぢゆう)す事 纔(わづか)に六年
一夕(いつせき)微疾(びしつ)を憂(うれ)ふ安然(あんぜん)として沐浴(もくよく)浄衣(しやうえ)し辞世(じせい)の偈(げ)を書(しよ)して云く
放行把住 満八十年 即今端的
知不識日 輝東山 月西天矣
書畢(かきをはつ)て端坐(たんざ)合掌(がつしやう)し口(くち)に宝号(はうがう)を唱(とな)へ西(にし)へ向(むか)ひて奄然(ゑんぜん)として
寂(じやく)す旹(とき)に応永(おうえい)二十七年庚子九月二十七日《割書:世寿八十|臘七十三》師(し)常(つね)に坐(ざ)
する時(とき)は則(すなはち)面頂(めんてう)に光彩(くわうさい)あり恰(あたか)も半月(はんげつ)の如(ごと)く書(しよ)に対(たい)する時(とき)は
其影(そのかげ)的爾(てきじ)として相映(あひてら)す《割書:此故(このゆえ)に世(よ)に称(しよう)して|三日月(みかつき)上人といふ》生平(せいへい)撰述(せんじゆつ)の書(しよ)は牛(うし)に
汗(あせ)し文藻(ぶんそう)は煥然(くわんぜん)として微(び)を窮(きは)め妙(めう)を極(きは)む世(よ)挙(こぞつ)て師(し)に十徳(しふとく)の
目(もく)ありと又 和歌(わか)は頓阿(とんあ)法師(はふし)に伝受(でんじゆ)し古今(こきん)の序注(じよちゆう)十巻を製(せい)す