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コレクション: 学校教材発掘プロジェクト 5 江戸名所図会

江戸名所図会 20巻 巻之13 - 翻刻

江戸名所図会 20巻 巻之13 - ページ 75

ページ: 75

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【右丁】  宝蔵(はうさう)《割書:釈迦堂(しやかたう)の後(うしろ)池(いけ)の中島(なかしま)にあり当寺(たうじ)第(だい)一の霊宝(れいほう)|子安(こやす)曼荼羅(まんだら)其余(そのよ)寺宝(じほう)を収(をさ)む》  開山塔(かいさんたふ)《割書:本堂(ほんたう)の左(ひだり)にあり日向(にちかう)上人 及(およ)び開基(かいき)隅田(すた)五郎(こらう)時光(ときみつ)四 世(せ)日賢(にちけん)尊師(そんし)の石(せき)|塔(たふ)も共(とも)に並(なら)びてあり何(いづ)れも当寺(たうじ)三十三世の住侶(ぢゆうりよ)日統師(につとうし)造立(さうりふ)する所(ところ)にして》  《割書:碑蔭(ひのうしろ)に其事(そのこと)を彫付(ほりつけ)てあり又同し石塔(せきたふ)の間(あひだ)に観応(くわんおう)元年十一月とありて法華(ほつけ)の首題(しゆだい)を|彫(ほまいり)たる古碑(こひ)二 枚(まい)あり下に日蓮(にちれん)大聖人(たいしやうにん)とあり其余(そのよ)永観(えいくわん)至徳こひ(しとく)天正(てんしやう)の古碑(こひ)あり》  寺宝(じはう)子安(こやす)大曼荼羅(おほまんだら)《割書:宗祖(しうそ)上人の真筆(しんひつ)なり此(この)曼荼羅(まんだら)の加護(かご)によりて|時光(ときみつ)の妻(つま)難産(なんさん)を遁(のが)れたりとそ当寺(たうじ)おとうと(だい)一の什宝(じうほう)たり》  慈眼(じげん)大師(だいし)消息(せうそく)《割書:身延山(みのぶさん)二十一世 日乾(にちけん)上人へ|贈(おく)りたまひし手簡(しゆかん)なり》墨田(すた)五郎(ごらう)時光(ときみつ)鞍(くら)鐙(あぶみ)  法華経(ほけきやう)開結(かいけつ)《割書:時光宗祖上人に祈念を乞自の室の難産をのかれし利益に依て|報恩のため無量義経観音賢経の開結二巻を書写しをさむ》  鬼子(きし)母神(もじんの)影(えい)《割書:日賢(にちけん)上人 常(つね)に鬼子(きし)母神(もしん)を尊信(そんしん)し十三 歳(さい)の年(とし)法花(ほつけ)首題(しゆだい)の|文字(もんじ)を細書(さいしよ)して鬼子(きし)母神(もしん)の御影(みえい)を図画(づぐわ)せられたり》  《割書:日向(にちかう)上人の|筆(ふで)なり》 日蓮(にちれん)上人 画像(ぐわざう)《割書:土佐(とさ)光信(みつのぶ)|の筆(ふで)と云》 法華経(ほけきやう)一 巻(くわん) 《割書:紺紙(こんし)金泥(きんでい)なり時光(ときみつ)の|室(しつ)後(のち)に妙徳尼(めうとくに)と号(がう)し》  《割書:報恩(はふおん)のため自(みづから)書写(しよしや)すと云 其余(そのよ)仏像(ぶつさう)|経巻(きやうくわん)諸尊師(しよそんし)の消息(せうそく)等(とう)多(おほ)し》  寺記(じきに)曰(いはく)文永(ぶんえい)八年辛未 日蓮(にちれん)上人 官府(くわんふ)の命(めい)により法(のり)の為(ため)佐渡(さどか)  嶋(しま)に謫(てき)せられ給ふその年(とし)十月十日上人 相州(そうしう)を出(いで)て武州(ぶしう)粂川(くめかは)に  宿(しゆく)し翌(あくる)十一日 新倉(にひくら)に至(いた)りたまふ時(とき)に新倉(にひくら)の城主(じやうしゆ)墨田(すた)五郎(ごらう)時光(ときみつ) 【左丁】  其(その)室(しつ)の難産(なんさん)なるを上人に告(つげ)て救苦(きうく)の祈念(きねん)を需(もと)む上人 是(これ)をあは  れみ路(みちの)傍(かたはら)の叢祠(さうし)に坐(ざ)を儲(まう)け辺(あた)りの清泉(せいせん)を汲(くむ)て硯(すヾりの)水(みづ)とし曼陀(まんだ)  羅(ら)及(およ)び安産(あんさん)の符(ふ)を書(かき)たまひ是(これ)を授(さづけ)て曰(のたまは)く信心(しん〳〵)深(ふか)からんには必(かならず)安産(あんさん)  ならん又(また)生所(うまるゝところ)の児(ちこ)も男子(なんし)なるべし長(ひとゝ)なるの後(のち)は報恩(ほふおむ)のため  出家(しゆつけ)せしめよと示(しめ)して此地(このところ)を立退(たちのき)給ふ其日(そのひ)時(とき)をも隔(へだ)てずして安産(あんさん)  あり生(うま)るゝ所(ところ)の児(ちご)も又 男子(なんし)なりしかば時光(ときみつ)悦(よろこ)ぶ事 限(かぎ)りなし殊(こと)に  大士(たいし)の曰(のたま)ふ処(ところ)符節(ふせつ)を合(あは)せたるが如(ごと)きを奇(き)とし其(その)児(ちご)を徳丸(とくまる)と号(なづ)く  《割書:其時(そのとき)の曼陀羅(まんだら)今猶(いまなほ)伝(つた)へて当寺(たうじ)の什宝(じうはう)たり又 安産(あんさん)の|加持(かぢ)子安(こやす)の妙符(めうふ)は日蓮(にちれん)上人より伝受(でんじゆ)し今(いま)に相承(さうじやう)す》 時光(ときみつ)是(これ)より宗教(しうきやう)を尊(たつと)み  其頃(そのころ)上人の憩(いこ)ひ給ひし地(ち)を封(ふう)して一宇(いちう)の精舎(しやうしや)を開創(かいさう)せんとするの  大願(だいぐわん)を発起(ほつき)す同十一年甲戌上人 鎌倉(かまくら)の赦免(しやめん)を得(え)給ふ後(のち)身(み)  延山(のぶさん)に隠栖(ゐんせい)ありしかば弘安(こうあん)二年己卯 時光(ときみつ)其子(そのこ)徳丸(とくまる)を具(く)して  延嶺(えんれい)に至(いた)り上人に謁(えつ)して徳丸(とくまる)を出家(しゆつけ)せしむ《割書:当寺(たうじ)第(たい)四世|日賢(にちけん)上人 是(これ)也》時光(ときみつ)も  又 祝髪(しゆくはつ)して日徳(にちとく)と号(がうす)《割書:此時(このとき)上人 手書(しゆしよ)の本尊(ほんそん)を与(あた)へたまふ今猶(いまなほ)|伝(つた)へてあり世俗(せぞん)これをも子安(こやす)の本尊(ほんそん)と称(ちよう)せり》その後(のち)