翻刻
【右丁】
吉水山(きつすゐさん)宗慶寺(そうけいじ) 同所三町ばかり西北(にしきた)にあり朝覚院(てうかくゐん)と号(がう)す浄土(じやうど)
宗(しう)にして伝通院(でんつうゐん)に属(ぞく)せり本尊(ほんぞん)阿弥陀(あみだ)如来(によらい)は恵心(ゑしん)僧都(そうづ)の作(さく)
なり相伝(あひつた)ふ伝通院(でんつうゐん)の了誉(れうよ)上人 応永(おうえい)二十二年乙未 此地(このち)に至(いた)り
隠栖(いんせい)の地(ち)を卜(ぼく)し草庵(さうあん)を葺(ふき)てこゝに居(きよ)せらる側(かたはら)に清泉(せいせん)あり
洛陽(らくやう)の租跡(そせき)を追慕(つゐも)し是(これ)を吉水(よしみづ)と号(なづ)く則(すなはち)当寺(たうじ)是(これ)なり
《割書:伝通院(でんつうゐん)の条下(でうか)に詳(つまひらか)なり又 江戸(えと)名所記(めいしよき)に云く昔(むかし)龍(りう)女形(によかたち)をあらはし了誉(れうよ)上人に|まみえて》菩薩戒(ぼさつかい)の脉譜(みやくふ)を受(う)け其(その)報恩(ほふおん)として此 霊泉(れいせん)を捧(さゝげ)けるとあれども
御方(おんかた)の廟所(びやうしよ)あり宗慶寺(そうけいじ)の号(がう)は阿茶(あちや)御方(おんかた)の法号(はふがう)による所なり
了誉(れうよ)上人の石塔(せきたふ)も当寺(たうじ)境内(けいだい)に存(そん)せり
極楽水(ごくらくみづ)《割書:境内(けいだい)本堂(ほんだう)の前(まへ)にある井(ゐ)を云上に屋根(やね)を覆(おほ)ふ吉水(よしまづ)と号(なつ)くるもの是(これ)なり|此辺(このあたり)をすべて極楽水(ごくらくみづ)と唱(とな)ふるは此井(このゐ)に依(よつ)て名(な)とすといへり或人(あるひと)云(いふ)》
《割書:極楽水(ごくらくみづ)は松平(まつだいら)播磨侯(はりまこう)の藩中(はんちう)にあり|旧(むかし)は石川山(せきせんさん)善仁寺(ぜんにんじ)の境内(けいだい)なりと云》
瑞鳳山(すゐほうさん)祥雲寺(しやううんじ) 同所 戸崎町(とさきまち)にあり曹洞派(そうとうは)の禅窟(ぜんくつ)にして
駒込(こまこみ)吉祥寺(きちしやうじ)に属(ぞく)せり本尊(ほんぞん)は釈迦(しやか)如来(によらい)脇士(けふし)は文殊(もんじゆ)普賢(ふけん)なり
【左丁】
寺記(じきに)云(いはく)当寺(たうじ)は天文(てんぶん)元年癸辰 遠山(とほやま)隼人正(はやとのかみ)創建の精藍(しやうらん)にして
《割書:小田原(をたはら)北条家(ほうでうけ)の分限帳(ぶんげんちやう)に遠山(とほやま)隼人佐(はやとのすけ)江戸(えと)平川(ひらかは)を領(りやう)するとあるは同し人なり永禄(えいろく)|六年甲子正月八日 北総(ほくそう)国府台(こふのたい)の合戦(かつせん)に討死(うちしに)せし人にして当寺(たうじ)に霊牌(れいはい)あり法名(はふみやう)は月渓(げつけい)》
《割書:正円(しやうえん)居士(こじ)と|しるしぬ》当(まさ)に永禄(えいろく)七年甲子 寺(てら)成(なり)て浄光院(じやうくわうゐん)と号(がう)す《割書:当寺(たうじ)過去帳(くわこちやう)に|開基(かいき)浄光院殿(じやうくわうゐんでん)は》
《割書:永禄(えいろく)三年庚申二月九日に没(ぼつ)す花陰(くわいん)宗順(そうじゆん)大禅定尼(だいぜんぢやうに)と称(しよう)す此(この)尼(あま)は遠山(とほやま)隼人正(はやとのかみ)の室(しつ)にして|北条(ほうでう)上総介(かづさのすけ)の女(むすめ)なりと云々 後(のち)浄光(じやうくわう)の文字(もんじ)憚(はゞかり)ある故(ゆゑ)に宝永(ほうえい)の頃(ころ)今(いま)の如(ごと)く祥雲寺(しやううんじ)と》
《割書:改(あらた)むと|いふ》吉祥寺(きちじやうじ)第二世(だいにせ)大州(たいしう)安充(あんじゆう)和尚(おしやう)を請(しやうじ)て開祖(かいそ)とす云云《割書:当寺(たうじ)創(さう)|立(りふ)の地(ち)は》
《割書:今(いま)の御城内(ごじやうない)和田倉(わだくら)の辺(あたり)なり吉祥寺(きちじやうじ)其頃(そのころ)は同(おな)じ辺(あたり)にありしが今(いま)は吉祥寺(きちじやうじ)も駒込(こまこみ)に|引移(うつ)す当寺(たうじ)も 国初(こくしよ)以来(いらい)駿河台(するがだい)に引(ひか)れ小石川(こいしかは)金杉(かなすぎ)にうつされ終に(つひ)又 今(いま)の地(ち)を》
《割書:賜(たま)はりて寺院(じゐん)を引(ひ)けりその由(よし)大明(たいみん)心越(しんゑつ)|禅師(ぜんし)撰(せん)する所の当寺(たうじ)花鯨(くわけい)の銘(めい)に詳(つまひらか)なり》茨木(いばらき)春朔(しゆんさくの)墓(はか)《割書:門内(もんのうち)右の方 鎮守(ちんじゆ)稲荷祠(いなりのほこら)の|側(かたはら)にあり石面(せきめん)に立像(りふざう)の不動(ふどう)》
《割書:尊(そん)を彫(ほり)右に酒徳院(しゆとくゐん)酔翁(すゐおう)樽枕(そんちん)居士(こし)とあり又左に辞世(じせい)の和哥(わか)二首(にしゆ)を鐫(けい)す春朔(しゆんさく)は慶安(けいあん)の|頃(ころ)の人にして酒井家(さかゐけ)の儒医(じゆい)《割書:又は安藤|家とも云》三浦氏(みうらうぢ)の親(おや)なり延宝(えんはう)八年庚申正月八日 没(ぼつ)す戯号(けがう)を》
《割書:地黄坊(ぢわうばう)樽次(たるつぐ)と云 始(はじめ)江戸(えど)の大塚(おほつか)に住(ぢゆう)し後(のち)鶏声(けいせい)が窪(くぼ)に移(うつ)る生平(せいへい)飲酒(いんしゆ)に長(ちやう)し同し莚(むしろ)に|あそぶの友(とも)多(おほ)く其頃(そのころ)大酒(たいしゆ)の名(な)世(よ)にかくれなし此人 水鳥記(みづとりのき)といへる草紙(さうし)を著(あら)はす大師(だいし)河(か)》
《割書:原(はら)に住(すめ)る池上(いけかみ)太郎右衛門(たらうゑもん)底深(そこふか)といへる酔客(すゐかく)と酒戦(しゆせん)せし戯編(きへん)なり当寺(たうじ)にある所の石碑(せきひ)は|酒門(しゆもん)の高弟(かうてい)菅(すけの)任口(にんこう)といへる人 造立(ざうりふ)せしといふ遺骨(ゆゐこつ)を葬(さう)せし墓(はか)は谷中(やなか)妙林寺(めうりんじ)にあり》
《割書:猶(なほ)第二巻(だいにくわん)大師(だいし)河原(かはら)の|条下(でうか)に詳(つまひらか)の載(の)す》
白山(はくさんの)神社(しんしや) 同所 指谷(さすがや)町にあり小石川(こいしかは)の鎮守(ちんじゆ)にして神主(かんぬし)中井氏(なかゐうぢ)奉(ほう)
祀(し)す祭神(まつるかみ)賀州(かしう)石川郡(いしかはこほり)に在(いま)す白山(しらやま)比咩(ひめの)神社(しんしや)に同(おな)じ伊弉冊尊(いざなみのみこと)