伊那市×みんなで翻刻

コレクション: 内藤家資料 (1) 2

藩翰譜(五) - 翻刻

藩翰譜(五) - ページ 31

ページ: 31

翻刻

【右丁】 八月十八日遠江国浜松の城を給ひ明れは七年二月十五日 七十四歳にして卒す嫡子和泉守忠親父か家を継《割書:のち|忠雄》」 大蔵少輔藤原幸成は播磨守忠成か三男大相国に仕へ 参らせ慶長七年下総国臼井の地を給ふ《割書:五百|石》同き九年 御不審をかうふる事ありしか程なく御ゆるしあつて もとのことくめしつかわれ同き十年四月十六日叙爵《割書:はし|めは》 《割書:雅楽介後に|大蔵少輔》十七年十二月廿一日下総国高崎の地を加給ふ《割書:千|石》 大坂の軍をこりし時も又御勘当をかうふりしか忍ひて 御供に候ひて岡山の戦にみつから首一ツをきり郎等と もに首四ツとらせて御前に参りけれは 将軍家 【左丁】 御心地にけに御覧し幸成高名仕たるやと 仰下されて 忽御免を蒙り次第に歴昇て 大相国家宿老 の 職に居て御書院番の頭を兼ぬ《割書:台徳院殿西城へ御隠居あり|し時の事也此時御書院番》 《割書:の頭みな老中|にてかぬ》大相国家かくれさせたまひし後寛永十年遠江 国懸川の城を給ひ《割書:一万石加られて三万五千石 一説に此城を給つて|二万石を領す 両説也○按するに老中の職は》 《割書:この時にゆる|されしにや》同き十二年摂津国尼か崎の城に移り《割書:一万五千石を|くはへられて》 《割書:五万石となる一説に|三万石をくはへらる》廿年二月十六日に 卒す其子 大膳亮幸利 家をつき《割書:四万八|千石》舎弟等に所領をわかつ《割書:二男丹後守幸直【通の誤ヵ】新墾|田三千石三男信濃守幸等【正の誤ヵ】》 《割書:二千石四男藤右衛門|某に新墾田千石》