翻刻
【右丁】
《割書:も士のめしつかふ奴婢僕従等も物の価たつとくして もとめて|す【ママ つヵ】ねはぬすむ事おほしかく偷【ママ】盗の世におこなはれん時にいたりては》
《割書:いかなる政をもつてこれをとゝめ給わんや これらの盗は みな貧と賤と|よりおこる事にて候 か それよりも又かく民をゆるして利を争はしめ》
《割書:その利上に帰するやうにし玉はんには天下 其風になひきしたかつて|よきやうに利をあらそひおの〳〵その欲する所を得んとおもはんこれ》
《割書:らはぬすみせぬ盗人にて 其禍ひ盗するより損ふかく当代既に|天下の富をたもたせたまへは世の宝をこと〳〵く御宝ならさるはなし》
《割書:かつは上の費をたにはふかせ給はゝ一年のうちにつむ所の御宝いく千|万両の事にてか候へきそれにわつか千両の金をまさんとして》
《割書:民をくるしめ世の風をみたり給はんは身のしゝむらをそきて飢を|すくふに腹のみつる時則身の終る時におなしかるへし 大略天下の》
《割書:物価たつとくなりゆくは国郡に抽分のおほくあるかいたす所なり|入道すてに年老たりやかて死し候へし 相かまへて〳〵此後もかゝる》
《割書:事申すものありとも人々よく 心せさせ|たまへといひけれは人々ふかくかんしけると也》承応二年《割書:閏》六月廿二日
康勝卒し嫡子蔵人家をつき《割書:一万|二千石》二男左近父か領を分
かつ《割書:開発田二千石○|左近岡部と名のる》蔵人勝長父か闕に補せられて勘定の頭と
【左丁】
なり播磨守に任しそのゝちいかなるゆへにありけん
一色内蔵助かために うたれて寛文二年三月廿七日
六十一歳にして死《割書:一色は東海道よし原蒲原等の御代官勝長か|家に来てうちしと也そのゆへは明らかならす》
その子大隅守勝政家をつく