翻刻
五右衛門と名く恩知三千石鉄炮五十挺と力十人
同心五十人預る
酒井空印言行録曰島原騒乱之節一揆之城落
兼候に付重而 上使可被指向か此度は忠頼様抔可
被 仰付かと申す御勢に付御着用之御具足も御居
間に被仰置候由定而忠勝様迄は御内々御願被成
候様成儀も御座有へし然処松平伊豆守様江
右御用被 仰付甚無本意思召候也御城ゟ御
下り御機嫌宜しからす彼御具足御投破り被成候由
也
三河之物語曰島原一揆蜂起して急に取沙汰候砌大
久保彦左衛門被申候は兼而如申候三千之敵は従ひ何者に
而も卒爾には討果かたきもの也かけ合之合戦にさへか
くの如しまして籠城之大 (勢)たやすく討果し候事大事也
功者之者は城之様体巡見して責易きをは責力責に
成かたきをは付城又は柵をふり取出をして丈夫に
構置候得は城中弱りはて手間とらすに責人数損
し候はて落城する也大将急き候て段々に軍使を
被遣候得はかならす先之者は討死仕候はて叶はす候由
被申候つる果して板倉内膳正討死被致候き