キリシタン関連史料を翻刻

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切支丹御退治記 49巻. [3] - 翻刻

切支丹御退治記 49巻. [3] - ページ 47

ページ: 47

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 五右衛門と名く恩知三千石鉄炮五十挺と力十人  同心五十人預る 酒井空印言行録曰島原騒乱之節一揆之城落  兼候に付重而 上使可被指向か此度は忠頼様抔可  被 仰付かと申す御勢に付御着用之御具足も御居  間に被仰置候由定而忠勝様迄は御内々御願被成  候様成儀も御座有へし然処松平伊豆守様江  右御用被 仰付甚無本意思召候也御城ゟ御  下り御機嫌宜しからす彼御具足御投破り被成候由  也 三河之物語曰島原一揆蜂起して急に取沙汰候砌大  久保彦左衛門被申候は兼而如申候三千之敵は従ひ何者に  而も卒爾には討果かたきもの也かけ合之合戦にさへか  くの如しまして籠城之大 (勢)たやすく討果し候事大事也  功者之者は城之様体巡見して責易きをは責力責に  成かたきをは付城又は柵をふり取出をして丈夫に  構置候得は城中弱りはて手間とらすに責人数損  し候はて落城する也大将急き候て段々に軍使を  被遣候得はかならす先之者は討死仕候はて叶はす候由  被申候つる果して板倉内膳正討死被致候き