翻刻
流行(りうかう)ゆへ斯(か)ふでもあるまい嗚呼(あゝ)でもない
と料理(れうり)に工風(くふう)手(て)を尽(つく)し会席(くわいせき)の卓子(しつほく)
普茶(ふちや)の類(たぐ)ひ迄(まで)高味(かうみ)の喰飽(くひあき)する中(なか)故(ゆへ)
兎角(とかく)喰気(くひけ)は意地(いぢ)清(きよ)からぬ人情(にんじやう)の常(つね)
献立(こんだて)を聞(きゝ)て咽(のど)をならし梅実(うめ)を見(み)ても
唾(す)の溜(たま)る噺(はなし)食(くは)ふの注文(ちうもん)にも差係(さしかゝ)りては工風(くふう)の
付(つか)ぬ酒屋(さかや)へ三里(さんり)豆腐屋(とうふや)へ二里(にり)と辺鄙(へんぴ)の不(ふ)
自由(じゆう)なる所(ところ)で無物(ないもの)喰(くは)ふといふ一杯(いつぱい)機嫌(きげん)の即(そく)
席(せき)にも間(ま)に合(あふ)調味(てうみ)の仕方(しかた)の口伝(くでん)を委(くは)しく
爰(こゝ)に載(のせ)たれば此(この)包丁(ほうてう)の調法(てうはふ)は名(な)に負(あふ)土橋(どばし)
の不老亭(ひらせい)浅草(あさくさ)の駐春亭(ちうしゆんてい)両家(りやうけ)の口授(こうじゆ)を
其侭(そのまゝ)に間(ま)にあひ料理(れうり)と号(なづけ)しは料理気(れうりぎ)の
ある素人(しろうと)に即坐(そくざ)に旨(うま)く出来(でき)るといふ一助(いちぢよ)ならんと
梓(あづさ)に寿(ことぶ)く事(こと)とはなりぬ 四季山人誌