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【上部横書】
大仏三十三間堂後堂射之図
【右側】
頭痛山蓮華王院寺領拾石九斗本尊千手観世音座像長八尺二十八部衆檀に安す一
千体千手観世音立像各五尺許本堂東向南北六十間一尺四寸六分東西八間三尺七寸
也其を三十三間堂に柱を立るを以て三十三間堂とよべり築地の瓦には豊太閤の桐の紋あり是は
大仏殿造営の時ともに再建ありし故なるべし
右三十三間堂の裏椽側にて行ふ一所の大矢数の濫觴は新熊観音寺の別当栴の坊といへる
僧射術を好みて八坂の青塚の的場へ通ふ帰るさ此堂に憩ひ射術の程を試みし
つく〳〵し
去年の
芝矢の
枝折
かな
又玄
【左側】
弓 ̄ハ勁 ̄シ八千
八筋 ̄ノ夜
堂 ̄ハ長 ̄シ三十
三間 ̄ノ秋
銅脈
より始まれりとぞ■してのち連年天下列侯【矦】の藩士競ふて弓勢を試
むことゝす多くは夏日長日の折を以て先堂下の芝生に芝射を練し
然して堂上に登り百射或は千または日矢数等おの〳〵の意に
任せてこれを行ふ殊に大矢数には暮るより篝を焚て翌朝にいたる
通矢検証の役人立並ひ非常警固の火消役は纏を振立すべて其様いと
厳重なり諸人群れをなし雲霞の如し 平安 玄々堂緑山鐫
【欄外手書】
San-dju-san-ken-do (Dai-bouts) Kioto