翻刻
春の初のけさう文【①】その売声をきゝてさへよならす吉事
ありといへりまして此文をもとめて見る人は其年のやくを
はらひ開運はんしやう【繁昌】家内和順の守と成へしまた
女子は此文を求てひめ置給へは愛敬の守と成て宜敷縁を
結ひ給ふへしとく〳〵求てよき幸を得玉ふへし
大平の御代に出たるけさうふみ
【左の枠内】
鳥も【りヵ】鳴あつまのそらのあかつきにほふ
初日もいとのとやかにたるい【注②】の氷もふとけ
てそよはる風の音つくるにはこす【小簾】の外【と】【注⑨】こ
もる梅か薫け【気:匂い】も得ならぬ【注⑩】心地し侍る
春日野ゝ雪まかくれの初若な【注③】
つみて千とせのすへを契らん
きのふまて冬こもりしてなには津のうたも
けふなむくちひるをひらきそめ【初め】ぬれは天下
なへてのはるよとももいわひせつくもうくひ
すの声をもろともに君か八千代をしたひ
参らせつゝ七草のかす〳〵をおもふこゝろは
ふしのねにふりつむゆきのたゆるとき
なくむさしのゝ霞のかきりを知らされは
まさきのかつら【注④】長くちきりてむといのり
ぬるをあさ沢水【注⑤】のあさ〳〵と【注⑥】思し給はて
とくかへりこと【注⑦】をまつ【松】たてる門に鶴亀の
よはひをそへてまうさせ給へかしく
む月けふ
よつのとき【注⑧】さかえ 八束穂の
させ給ふ君へ よね雅ゟ
まいる
【注① 懸想文=江戸時代、正月の元日から一五日の間に京都の町などで売られたおふだ。洗い米二、三粒を包んだ紙、または花の枝につけた紙に、恋文に似せて縁談、商売、寿命などの縁起を祝う文が書いてある。】
【注② 垂氷=つらら】
【注③ 初若菜=初めて摘み取った若菜】
【注④ 「かづら」は蔓草の総称。「まさき(柾)の蔓」は「ていかかずら」または「つるまさき」の異名。ここでは「長く」を導く序詞】
【注⑤ 浅沢水=川の浅瀬。ここでは「あさあさ」を導く序詞。】
【注⑥ あっさりとして軽いさま。】
【注⑦ 返答.返書。返歌など。】
【注⑧ 春夏秋冬の四時】
【注⑨「こす(小簾)のと(外)=御簾の外。】
【注⑩ 得ならぬ=一通りでない。なみなみでなく優れている。】