翻刻
【右丁】
のゐん【せきとのゐん(関戸院) 注】よりとかき給へりされはいつくへ
おはしたるそやとて声もをします
なき給ふなみたをおさへて文をよくみ
たまへはすてにまん〳〵たるなみのうへに
たゝよひ身はうき物となりはてゝこそ
候へきみは九重の雲井にすみ給へは
よもかすならぬ身は御心にもかゝらし
さりなからこせ【後世】をたすけ給へとてかく
なん
きみおもふなみたのうみにしつみなは
こんよ【来ん世=来世】のあまと成てかへらん
とあそはしけるふみかほにあてゝう
ちふしうらめしの文の書やうにこれを
かたみにみせ奉れとてかみをきらんと
し給ふをひやうふのつほね取つきか
やうにては後の御ちきりをはいかゝし
給ふへきそとてすゝりかみを取いたし
はや〳〵返事あそはし給へと有
けれはなく〳〵筆をそめいかにや雲の
上のふるまひとうけ給り候はつかしさ
【京都府南西部、大山崎町にあっ離宮跡。山城国と摂津国との国境にあたり、関所が置かれていた。】