翻刻
【右丁】
仰ける竹丸いかれる眼より 涙をはら〳〵と 流してかやう申も
殿の御供を承て亡君の御最期の御供も仕らす又敵の奴原
一人も手にかけ切て捨すして腹きらん事死しての恨
猶ふかゝるへしあはれ御帰国あつて御勢を催され光秀
御誅伐あらんにまつさきかけてうち死せは今の身にては
何の幸か是に過候べきたゝし殿は道の程をも あやうく思し
めさるれ日比此あたりの士は竹丸の申次を承て候へは竹丸か
頼たらんにそむく人は候まし誰人にこそ此度も竹丸候得は
あはれ竹丸だに御先をうち候はんには道の程は何の恙渡らせ
給ふへきと申す忠次康昌一同に 幸なる事を承る物哉さらは
【左丁】
忠勝か諫申に御したかひ有て道すからの事は竹丸の計ひ
に任せらるへく候とて此時に至て始て御供の人々にも事の様
をそ語りける 穴山の陸奥入道も《割書:梅|雪》此ほと爰かしこ伴ひ候ひ
しかは織田殿父子の事を告られ又うちつれて御下り有へしと
仰遣はされたりしに 徳川殿をうたかひ 参らせ引わかれ行程に
宇治田原のほとりにて 野伏の為に討れけり 竹丸道すから
よく計りたりけれは 兵参らせて御先をかる所も有打かひ
結飯を献て上下の餓をすくひ参らする人も有能登伊勢を経て
事故なく三河国に帰り給ひいそき御勢をめされ先陣すてに
尾張の国に出るかゝる所に光秀の誅せられぬと筑前守秀吉