伊那市×みんなで翻刻

コレクション: 内藤家資料 (1) 2

藩翰譜(四・上) - 翻刻

藩翰譜(四・上) - ページ 25

ページ: 25

翻刻

【右丁】 申すさらは忠勝御先仕れと仰けれは四郎次郎男と此人々を ならへて御先をうつ御供の人々には何事の出きぬらんとあやしみ あやしみ行ほどに路の程二十町ばかりゆきて忠勝馬を乗 返しさきの五人の人々を招て忠勝微弱の身にて君を諫て 供奉らんこと憚すくなからすといへとも 殿の御大事今日に きはまつたる上は思ふ所をまつ人々に申にて候そも〳〵殿は 信長年来の恩に感し給ひ都へのほり御腹めさるべしとの 御義理の当前たる所には誰にも 君をな とこそ 存すれ 去なから 信長の御為に恩を報し給はんにはいかにもして 三河の国へ御下り軍勢を催され光秀か首切て御手向あらば 【左丁】 いかなるけうやうに候とも亡魂はさこそ悦給ふへけれあはれ 此旨を以て仰上らるべく候やといひけれは左衛門尉年たけたる 者の心付なくして主殿の意見承る事ひとへに忠次等が 不覚たり返〳〵も面目を失ひ侍りぬさらは申すべきにて 候とて忠勝か申趣をこと〳〵くに述たり徳川殿つく〳〵と聞召 家康もし国に帰るを得んには軍起して光秀を誅せん事 元より願也去なから家康を始汝等に至まてこゝに来 事此度を始とすしらぬ野山をさまよひてかく乱れたる 隙に落人はき取て得つかひとす山賊強盗の奴原にこゝかしこと うたれん事の口惜けれは都にて腹きらんとおもふぞと