翻刻
【右丁】
申すさらは忠勝御先仕れと仰けれは四郎次郎男と此人々を
ならへて御先をうつ御供の人々には何事の出きぬらんとあやしみ
あやしみ行ほどに路の程二十町ばかりゆきて忠勝馬を乗
返しさきの五人の人々を招て忠勝微弱の身にて君を諫て
供奉らんこと憚すくなからすといへとも 殿の御大事今日に
きはまつたる上は思ふ所をまつ人々に申にて候そも〳〵殿は
信長年来の恩に感し給ひ都へのほり御腹めさるべしとの
御義理の当前たる所には誰にも 君をな とこそ 存すれ
去なから 信長の御為に恩を報し給はんにはいかにもして
三河の国へ御下り軍勢を催され光秀か首切て御手向あらば
【左丁】
いかなるけうやうに候とも亡魂はさこそ悦給ふへけれあはれ
此旨を以て仰上らるべく候やといひけれは左衛門尉年たけたる
者の心付なくして主殿の意見承る事ひとへに忠次等が
不覚たり返〳〵も面目を失ひ侍りぬさらは申すべきにて
候とて忠勝か申趣をこと〳〵くに述たり徳川殿つく〳〵と聞召
家康もし国に帰るを得んには軍起して光秀を誅せん事
元より願也去なから家康を始汝等に至まてこゝに来
事此度を始とすしらぬ野山をさまよひてかく乱れたる
隙に落人はき取て得つかひとす山賊強盗の奴原にこゝかしこと
うたれん事の口惜けれは都にて腹きらんとおもふぞと